有るが言く、「在家の受持する袈裟は、一に単縫と名づく、二に俗服と名づく。乃ち未だ却刺針(キャクシシン)して縫ふことを用ゐず。」
 又言く、「在家道場に趣く時、三法衣、楊枝(ヨウジ) 澡水、食器(ジキキ)、坐具を具し、応に比丘の如く浄行(ジョウギョウ)を修行すべし。」
 古徳の相伝かくのごとし。ただしいま仏祖単伝しきたれるところ、国王、大臣、居士、士民にさづくる袈裟、みな却刺なり。盧行者(ロアンジャ)すでに仏袈裟を正伝せり、勝躅(ショウチョク)なり。
 

【現代語訳】
 ある人が言うことには、「在家の人が身に着ける袈裟は、一には単縫と呼ばれ、二には俗服と呼ばれるものである。それは返し針して縫っていない袈裟である。」と。
 又言うことには、「在家の者が道場に行く時には、大衣、七条衣、五条衣の三種の法衣や、口を洗浄する楊枝、口を漱ぐ水、食器、敷物の坐具などを用意して、修行僧と同じように清浄な行を修めなさい。」と。
 昔の徳ある人が言い伝えて来たことは、この通りです。しかしながら、今、仏祖が親しく伝えて来た教えでは、国王大臣や在家の信者の人々に授ける袈裟は、皆、返し針して縫ったものです。五祖弘忍の法を継いだ盧行者(六祖慧能)が、在家の身でありながらその仏袈裟を受けて、正しい伝統を伝えたことは勝れた足跡です。
 

《ここは、これまで主に出家者に対する話であったのに対して、在家者についての話で、「参考の意味で」(『提唱』)書かれているようです。
 初めの「言(いわ)く」の、一に、二に、というのが、意味がよく分かりませんが、二つの呼び名があるということでしょうか。
 この引用は「道元禅師も叡山で親しんだ『止観輔行伝弘決』の説なのだそうです(『読む』・この書名、どこで区切って『読む』のでしょうか)。
 後に「古徳の相伝かくのごとし」とありますから、禅師も、そうだと認めているわけですが、「却刺(かえし針)」のことだけは、考えが違うようです。
 袈裟はすべてかえし針で縫うという話が、前にありました(前章)が、ここでは、その原則は在家のものの袈裟には当てはまらないという説があるといいます。
 しかし禅師は、仏祖が伝えてきた袈裟はみなかえし針であって、慧能が受け継いだのもそうだったのだから、在家用のものも、やはりそれに従うべきだと言います。
 その間に二つ目の「言(いわ)く」が入り込んでいますが、これがどういう意味でここに引用されたのか、よく分かりません。持って行くべきものの中の一番に「三法衣」が挙げられていて、袈裟はそれくらい大切なものなのだ、ただし、それはかえし針で、と言いたかったのでしょうか。そういうことなら、「古徳の相伝かくのごとし」の後に、初めの引用を入れた方が分かりやすいような気がするのですが、…。