演和尚、あるときしめしていはく、「行(ギョウ)は思(シ)越ゆることなく、思は行を越ゆることなし。」
 この語おもくすべし。日夜に之を思い、朝夕に之を行ふべし。いたづらに東西南北の風にふかるるがごとくなるべからず。
 いはんやこの日本国は、王臣の宮殿(グウデン)なほその豊屋あらず、わづかにおろそかなる白屋(ハクオク)なり。
 出家学道の、いかでか豊屋に幽棲するあらん。もし豊屋をえたる、邪命(ジャミョウ)にあらざるなし、清浄(ショウジョウ)なるまれなり。もとよりあらんは論にあらず、はじめてさらに経営することなかれ。
 草庵白屋は古聖(コショウ)の所住なり、古聖の所愛なり。晩学したひ参学すべし、たがゆることなかれ。
 

【現代語訳】
 法演和尚は、ある時、修行僧に教えて言いました。「行いは思いを越えることなく、思いは行いを越えることがない。」と。
 この言葉を重んじなさい。日夜にこの教えを思い、朝夕にこの教えを行いなさい。いたずらに東西南北の風に吹かれたようになってはいけません。
 言うまでもなく、この日本国は、国王大臣の宮殿でさえ、大きな家ではありません。簡素な茅葺きの家です。まして、出家して仏道を学ぶ者が、どうして大きな家に閑居することがありましょうか。もし大きな家を得たならば、それは悪い生活でないものはなく、清浄であることは希です。もとからある場合は問題ではないが、改めて建造してはなりません。  
 草庵、茅葺きは昔の聖人の住まいであり、昔の聖人が愛好したものです。晩学後進の人は、この先人を慕い学びなさい。これに背いてはなりません。
 

《ここはもちろん禅師が語っています。
 「演和尚、あるとき…」の話は『禅林宝訓』という書にあるのだそうです。前節の話とは別個に語られたもののようですが、禅師はそれをつなげて説いています。「行は思を…」の言葉は、行いと思いは一致しなければならなとも、ということでしょうが、この場合は、前半の「行は思を越ゆることなく」が問題とされているようです。
 「行」は僧たちの行持、「思」は寒いという気持ち、となりましょうか。どんなに立派な行持を行っていても、寒いことに気をとられるようでは、所詮その程度の行持だということであり、「心頭を滅却すれば火もまた涼し」(ここでは、さしずめ、雪もまた暖かし、でしょうか)という行持でなくてはならない、と言っていることになります。
 そして禅師は、冷暖房の整った「豊屋」ではなく、「草庵白屋」こそが僧の住まいなのだと説きます。 
 途中、「もとよりあらんは論にあらず」が、ちょっと意外な言葉ですが、諸注、ここのように訳していて(例えば『全訳注』は「もともと有ればそれで結構である」)、もともと豊屋に住んでいるのなら、それはそれで構わない、ということのようです。
 禅師の言葉としてはずいぶん柔軟な考え方だという気がしますが、そういうことにこだわることもよくなく、ただあるがままを受け入れて、ただまっすぐに行持せよ、ということでしょうか。豊屋にあってなお厳しい行持の生活をする、というのは、それはそれで常に自分の行持が試練を受けることであるのですから、一段と大変な難事で、それ自体がまた一つの行持であるとも言えます。


にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ