異日、雪峰召(ヨ)んで曰く、「備頭陀、何ぞ徧参(ヘンサン)し去らざる。」
師曰く、「達磨、東土に来たらず、二祖、西天に往かず。」
雪峰、之を然りとす。

 

【現代語訳】
 別の日に、雪峰は師を呼んで尋ねました。「師備頭陀さん、あなたはなぜ諸方に師を訪ねないのですか。」
 師は答えました。「達磨は中国に来なかったし、二祖(慧可)はインドへ行きませんでした。」
 雪峰は、師をその通りと認めました。
 

《雪峰にしてみれば、もとは兄弟弟子だった師備に師として仕えられるのはこそばゆいところがあって、別に出て行けというわけではないでしょうが、あなたは他の師に付かなくていいのか、私でいいのか、と訊ねた、水を向けた、という感じです。
 仲のよい兄弟弟子同士の、親しい会話というふうにも読めますが、「雪峰、之を然りとす」という反応には、それとは違う感じがあります。
 この言い方は、そうそう、そうなんだよ、という受け止めなのではないでしょうか。
 『行持』が、この話は、『現蔵』「徧参」巻に少し詳しく載っていることを指摘していますが、そこでは、徧参というのは、「諸方に師を訪ねる」ことではなくて「全眼睛の参見を遍参(ママ)とす。打得徹を遍参とす」(「眼睛を見開いて参見するのが遍参である。どこまでも叩きあげるのが遍参である」・『全訳注』訳)とあります。
 ここの話は、つまり、足を使って歩き回って教えを受けるのが「徧(遍)参」ではなくて、自分で思い巡らすことこそがそれなのだ、ということでしょうか。
 雪峰にしてみれば、よしよし、よく分っておるな、といった気持ちだったのではないかという気がします。
 ちなみに、前節とここの問答は「一顆妙珠」巻の巻頭にも載っていますが、前節の問答の意味は、そこを見ても、私にはよく分かりません。》


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