かくのごとく生滅する人身なり、たとひをしむともとどまらじ。むかしより、をしんでとどまれる一人いまだなし。
 かくのごとくわれにあらざる人身なりといへども、めぐらして出家受戒するがごときは、三世の諸仏の所証なる阿耨多羅三藐三菩提、金剛不壊(フエ)の仏果を証するなり。たれの智人(チニン)か欣求(ゴング)せざらん。
 これによりて、過去日月燈明仏(カコニチガツトウミョウブツ)の八子、みな四天下(シテンゲ)を領する王位をすてて出家す。大通智勝仏の十六子、ともに出家せり。大通入定(ニュウジョウ)のあひだ、衆(シュ)のために法華をとく。いまは十方の如来となれり。
 父王転輪聖王(テンリンジョウオウ)の所将衆中八万億人も、十六王子の出家をみて出家をもとむ。輪王すなはち聴許す。妙荘厳王(ミョウショウゴンオウ)の二子、ならびに父王、婦人みな出家せり。
 

【現代語訳】
 このように生滅しているのが我々の人身であり、たとえ惜しんでもその生滅を止めることは出来ないのです。昔から命を惜しんで止まった人は、まだ一人もいません。
 このように、我が物でない人身であるとしても、その身心をめぐらして出家受戒すれば、過去現在未来の諸仏が証明した無上の悟り、金剛の如き堅固な仏の悟りを得ることが出来るのです。智者であれば、誰が喜び求めずにいられましょうか。
 この道理によって、過去の日月燈明仏の八人の子は、皆 四方の国を治める王位を捨てて出家しました。また 大通智勝仏の十六人の子も共に出家して、大通仏の八万四千劫の禅定の間に、人々のために法華経を説き、今は十方の如来となりました。
 大通仏の父である転輪聖王の率いる衆の中の八万億人も、十六王子が出家したのを見て、共に出家を願い求めたところ、輪王はすぐに許可しました。また妙荘厳王の二人の子と、父王、夫人も皆出家しました。
 

《かくして、世の一切の存在は、普通、刹那生滅の道理を免れることができないのですが、人間の中にだけは、時に、そこから逃れることができる者がいます。
 図らずも袈裟を羽織ったがために、仏法の道に招き入れられ、それによって刹那生滅の道理に思い至り、そこを越える者。
 または、何かの折にその道理に思い至って、そこから出家の道に飛び込む者。
 そしてまた、ここに挙げられるように、その道理に思い至った父に導かれて出家の道にはいる者。
 「日月燈明仏」、「大通智勝仏」、「妙荘厳王」の話は、いずれも「法華経」の中に出てくるものだそうで、「転輪聖王」は、先の第五章で語られた印度の聖王です。》

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