仏蔵経浄見品(ジョウケンボン)第八に云く、
「仏舎利弗に告げたまはく、我過世(カセ)を念(オモ)ふに、阿耨多羅三藐三菩提を求めて、三十億の仏に値(ア)ひたてまつれり。皆釈迦牟尼と号す。
 我時に皆転輪聖王と作(ナ)りて、形を尽すまで仏及び諸の弟子に、衣服(エブク) 飲食(オンジキ)臥具医薬を供養せり。阿耨多羅三藐三菩提を求めんが為なり。
 而るに是の諸仏、我を記して汝来世に於て当に作仏(サブツ)を得べし と言わず。何を以ての故に、我有所得(ウショトク)なるを以ての故なり。
 舎利弗、我過世を念ふに、八千の仏に値ひたてまつることを得たり。皆定光(ジョウコウ)と号す。我時に皆転輪聖王と作りて、形を尽すまで仏及び諸の弟子に、衣服飲食臥具医薬を供養せり。阿耨多羅三藐三菩提を求めんが為なり。而るに是の諸仏、我を 汝来世に於て当に作仏を得べし と記せず。何を以ての故に、我有所得なるを以ての故なり。
 舎利弗、我過世を念ふに、六万の仏に値ひたてまつれり。皆 光明(コウミョウ)と号す。我時に皆転輪聖王と作りて、形を尽すまで仏及び諸の弟子に、衣服飲食臥具医薬を供養せり。阿耨多羅三藐三菩提を求めんが為なり。而るに是の諸仏、亦(マタ)我を 汝来世に於て当に作仏を得べしと記せず。何を以ての故に、我有所得なるを以ての故なり。
 

【現代語訳】
 仏蔵経 浄見品の第八に説かれている。
「仏(釈尊)が舎利弗に言われた、『私は過去を思うに、阿耨多羅三藐三菩提(仏の無上の悟り)を求めて、三十億の仏にお会いした。それらは皆、釈迦牟尼という名であった。
 私は、その時に皆、転輪聖王となって、身体の尽きるまで、仏や多くの弟子の為に、衣服や飲食、臥具、医薬などを供養した。それは阿耨多羅三藐三菩提を求める為であった。
 しかしこの仏たちは、私を予言して、「お前は来世に仏となるであろう。」とは言われなかった。何故なら、私が利益を求めていたからである。
 舎利弗よ、私は過去を思うに、八千の仏にお会いすることが出来た。それらは皆、定光という名であった。私は、その時に皆、転輪聖王となって、身体の尽きるまで、 仏や多くの弟子の為に、衣服や飲食、臥具、医薬などを供養した。それは阿耨多羅三藐三菩提を求めるためであった。しかしこの仏たちは、私に、「お前は来世に仏となるであろう。」とは予言されなかった。何故なら、私が利益を求めていたからである。
 舎利弗よ、私は過去を思うに、六万の仏にお会いした。それらは皆、光明という名であった。私は、その時に皆、転輪聖王となって、身体の尽きるまで、仏や多くの弟子の為に、衣服や飲食、臥具、医薬などを供養した。それは阿耨多羅三藐三菩提を求めるためであった。しかしこの仏たちは、又 私に、「お前は来世に仏となるであろう。」とは予言されなかった。何故なら、私が利益を求めていたからである。
 

《ここから第7節まで、第三の、長い長い引用です。
 そして、この節は、前の第二章の話と殆ど同じで、釈尊がたくさんの仏を供養したのに、その仏たちから彼が仏となることを認められなかった、という話が繰り返されます。
 第二章と異なるのは、ここから後には「我有所得なるを以ての故なり」と、その理由が語られている点だけといっていいでしょう。
 その主旨は、供養に当たっては、何事も求めてはならない、ただ供養せよというおしえなのでしょう。
 そして実は、以下、この章の終わりまで同様ですので、そこはやむなく、次節以後7節までしばらく、ほぼ、S『試み』の現代語訳をそのまま紹介するだけで、通過させてもらうことにします。
 それはそうとして、「我時に皆転輪聖王と作りて」という句が三回繰り返されています(次節にも出てきます)が、その「皆」に意味が分かりません。ここの訳は「皆」としているだけですし、『全訳注』や『提唱』は無視しています。時間的に「ずっと」というような意味でもあるのでしょうか。》