『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

十二 問七 修証一等

 又まのあたり大宋国にしてみしかば、諸方の禅院みな坐禅堂をかまへて、五百六百、および一二千僧を安じて、日夜に坐禅をすすめき。
 その席主とせる伝仏心印の宗匠(シュウショウ)に、仏法の大意をとぶらひしかば、修証の両段にあらぬむねをきこえき。
 このゆゑに、門下の参学のみにあらず、求法(グホウ)の高流(コウル)、仏法のなかに真実をねがはん人、初心後心をえらばず、凡人聖人を論ぜず、仏祖のをしへにより、宗匠の道をおふて、坐禅辨道すべしとすすむ。
 きかずや祖師のいはく、修証はすなはちなき。
 しるべし、得道のなかに修行すべしといふことを。」

 

【現代語訳】

又、私が直接 大宋国で見たのは、諸方の禅院が皆 坐禅堂を建て、五百人六百人また千人二千人の僧をおいて、日夜に坐禅を勧めていたことです。
 その道場の主となっている仏の悟りを伝える宗匠に、仏法の根本を尋ねたところ、修行と悟りは二つではないという教えを聞きました。
 このために、仏祖門下の修行者だけでなく、仏法を求める優れた人々や、仏法の中に真実を求める人々、初心や古参を選ばず、凡人聖人を論ぜず、皆仏祖の教えにより、宗匠の道を追って坐禅修行しなさいと勧めるのです。
 祖師のこの言葉を聞いたことはありませんか、修行と悟りは、ないことはないが、それを汚してはならない、と。
 また道を見るものは道を修する、と。
 知ることです、悟りを得た中で修行しなさい、ということを。」

 

《前節までは理論編、ここは体験編です。私が伝える修証一等は、宋国で実際に行われていたことであって、そこでは誰もが「修行と悟りは二つではないという教え」に基づいて日夜、坐禅に励んでいたのだ、だから、あなた方は安心してそのように考えていいのだ、…。

「祖師のいはく」は、南嶽懐譲という人のものだそうです。

「なきにあらず」は、普通にはこの訳のように「ないことはない」という意味ですが、ここではむしろ強めで、無いなどということはない、「あるに決まっている」(『参究』)ということでしょう。

「染汚することはえじ」も、「汚してはならない」とされています(『全訳注』は「取捨してはいけない」と訳します)が、こちらも、「えじ」は、できない、してはいけない、というのではなく、ありえないほど確かなことなのだ、という意味のように思われます。

「又いはく」は、司空本浄という人のものだそうです。

「道を見るもの」は、『全訳注』は「道を見たもの」と訳します。つまりすでに得道した人、悟りを開いた者で、後に「悟りを得た中で修行しなさい」とありますから、そういう意味に考えるのがよさそうです。》

 

 ここをもて、釈迦如来、迦葉尊者、ともに証上の修に受用せられ、達磨大師、大鑑高祖、おなじく証上の修に引転(インデン)せらる。仏法住持のあと、みなかくのごとし。
 すでに証をはなれぬ修あり、われらさいはひに一分の妙修を単伝せる、初心の辨道すなはち一分の本証を無為の地にうるなり。
 しるべし、修をはなれぬ証を染汚(ゼンナ)せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ。
 妙修を放下(ホウゲ)すれば本証手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこなはる。

 

【現代語訳】
 これによって、釈迦如来や迦葉尊者は、共に悟りの上の修行をされたのであり、達磨大師や大鑑高祖(六祖慧能)も、同じく悟りの上の修行をされたのです。仏祖の仏法護持の足跡は、皆このようであります。
 既に悟りを離れない修行があるのです。我々は幸いにも、優れた修行の全体を伝えられているので、初心の修行は、悟りの全体を無為の地に得ることが出来るのです。
 知ることです。修行を離れない悟りを汚さないために、仏祖はたびたび修行を緩くしてはならないと教えているのです。
 そのようにして、修行を手放せば悟りは手の中に満ち、悟りを抜け出れば修行は全身に行われるのです。
  

《「これによって」は解りにくい訳です。こういうわけで、というような意味でしょう。
 歴代祖師は皆そのように「証上の修に受用せられ」「引転せら」れて来ました。「受用」は、自分から進んで受け入れ、用いる(実践する)というようなことかと巻頭で言いましたが、ここで『参究』は「自由に使われた」と言い、次の「引転」を「引きずり回されたといったようなこと」として、「能動的」と「所動的」の違いがあるとします。釈尊と迦葉はその教えを生み出したのであり、達磨以下はそれを引き継ぎ受け継いだ、というような違いを言い分けたのでしょう。
 なお『講話』はここで、「引転」に「自分でやっている修行ではない」という気持ちがあるとして、そこから、「自己が自己を修するといっても」その自己は常に他者との関わりの内にあるのであって、「自分が自分に対する関係は、自分が他者に対する関係と一つに重なりあっている…、自分がするのであって自分がするのではない。みずからではなくて、おのずからである」と、興味深い話をしています。
 しかし、その話はここの本題ではありませんし、また一般に、たまたま使われた一つの言葉にあまりに多くの意味、背景を持たせて語るのは、いかがかと思われます。
 ともあれ、そのように修証一等という素晴らしい教えが伝えられてきているのであって、坐禅する者は誰もが究極の悟りと一線上にいることになるのだ、…。「一分の」は「いささかの」(『全訳注』)で、禅師の謙遜の気持ちなのでしょう。
 そして、悟りは修行と表裏するのだから、修行を緩くしてはならないことを心得よ、と言います。
 そしてそこからいきなり、今度は、その素晴らしい修行を「放下」せよ、と言います。なにかつなぎの説明があってほしいところですが、何もありません。
 どうやら、修行にこだわるなということのようです。つまり「三昧境」、「自受用三昧」ということなのでしょうから、そのことはすでに言ってきたので、事改めて語るまでもないということなのでしょうか。
 次の「本証を出身」するというのも、同じことでしょう。『講話』の「引転」の話も、こうなると生きてきます。

 かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに証をまつおもひなかれとをしふ。直指(ジキシ)の本証なるがゆゑなるべし。すでに修の証なれば、証にきはなく、証の修なれば、修にはじめなし。
 

【現代語訳】
 ですから、修行の用心を授ける時にも、修行のほかに悟りを待つ思いを持ってはならないと教えるのです。修行は悟りを直ちに指し示すものだからです。既に修行そのものが悟りなので、悟りに終わりは無く、悟りは修行そのものなので、修行に始めは無いのです。
 

《「用心」は心得というような意味でしょう。修行(坐禅)の心得として、坐っているときには、坐る以外のことを求めてはならない、何か(悟りを得ることなど)を求めて坐ってはならない、…。
 なぜなら、坐ること自体が悟りであるのだから。

 忘れがたい思い出があります。何かの大きな災害が報じられた日、たまたま兄が父に代わって本堂のお務めをして下がって来て父に言っていました。「本当はいけないことでしたが、今日は被災された方の無事を祈ってお務めをしました」。父の返事は思い出せませんが、父と兄との間に、私にはない、通じ合っているものがあることを残念に思いながら、ああ、そういうものなのかと思いました。

 「すでに」は、もともと、「修の証なれば」は、「証と言っても修の只中を離れ」ず(『講話』)、「修行が証悟の実現」(『参究』)なのだから、ということのようですが、ここがよく分かりません。続く、「悟りに終わりは無く、…修行に始めは無い」は、『参究』の言うように、修、証には始めも終わりもない、という意味なのでしょう。
 坐っている姿が悟りそのものなのだ、というふうに聞いたことがありますが、その姿を想像してみると、なるほどそうかもしれない、というふうに思われます。しかし、実際に当人としてはどうなのかというと、…、どうなのでしょうか。
 『参究』は「ここは非常に微妙なところであり、頗るデリケートなところであるから、よくおちついて熟読玩味してもらいたい」と言いながら、一方で「実地に坐禅をしない学僧が、とやかく言うべき筋のものではない」と、困ったことを言っています。

 禅宗の僧侶はしばしばそういうふうに、坐れば分かると言うようですが、実際には、ただ坐っただけでは何も起こらないことは、誰でも知っていることです。

 そこで、もうすこし言葉で「とやかく」言ってみますと、坐禅をしていることが悟りであるとすれば、坐ればいつでも悟りがあるのであって、つまり、修のあるところつねに証があり、修はいつでも始められるということであるのだから、その毎度がその都度の始まりと終わりであるに過ぎず、明日も又始まり終わるのであって、まして証の奥深さは極まりないでしょうから、その終わりなどあろうよしもない、ということでしょうか。》

 

 

2 答え

 しめしていはく、「痴人のまへにゆめをとかず、山子(サンス)の手には舟棹(シュウトウ)をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし。
 それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道(ゲドウ)の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆゑに、初心の辨道すなはち本証の全体なり。
 

【現代語訳】
 教えて言う、「痴人の前で夢を説いてはいけない、山の樵(キコリ)に舟と棹を与えても仕方がないと言いますが、更に教えましょう。
 そもそも修行と悟りは別のもので、一つではないと思うのは、外道の考えです。仏法では、修行と悟りは同一なのです。この坐禅も悟りの上の修行なので、初心の修行は悟りの全体なのです。
 

《愚かな人の前で「夢を説いてはいけない」というのが、なぜなのか解りません(『講話』は「利巧な人の前で」としていて、もっと解りませんが)。「夢」は、占いにもなるように、重要な意味を持つものだが、愚かな人はただ夢幻のたわいのない馬鹿げた話としか考えないから、というような考え方からなのでしょうか。
 「山の樵に舟と棹を与え」るというのは、「猫に小判」と『講話』は言いますが、キコリは猫扱いなのでしょうか。
 この前段は全体として、諸注いずれも、ものの分からない者に教えても仕方がないが、教えてやろうか、というような解釈で、そうだとするとせっかく道を問うている人(実在の人ではなく、禅師自身が仮に想定した人の話ではありますが)に対してずいぶん高飛車な、もっと言えばさげすんだ言い方で、気になります。
 後段が本題で、いわゆる「修証一等」の考えを述べたところで、『全訳注』が「道元の禅を理解する急処の一つであるから、じっくりと読んで、とくと理解されるがよい」と言っています。
 「いまも」が解りにくいのですが、『参究』が「いま訓える工夫弁道も」だと言います。また、「証上の修」(悟りの上の修行)についても、「本来われに完全にそなわっているところの、本証上の作用としての修行だということだ」と言います。自分の仏性を証す、つまり悟りを開くという流れの上にある坐禅であるから、ということでしょうか。
 『講話』もそうですが、こういう書物ではしばしば、原典に使われている言葉によらないで、一足飛びに筆者(講師)の理解したその概括的な趣旨を語ることが多く、禅師の考えなのか、語る当人の考えなのか疑わしい気がすることがあるのですが、こういうふうに逐語的に解釈を示してもらうと、こちらも一緒になって考えることができて、安心します。
 自分の仏性を証すという流れの中の坐禅であるから、初めて坐ったときから、悟りの道の中にあるのであって、坐禅は「証」の入り口であり、かつ全体であるのだ、…。
 将棋の世界では四段になって初めて棋士と呼ばれるのですが、三歳の子供が本気で勝ちたいと思って盤の前に坐ったなら、その子は職業上の棋士ではなくても、立派に名人と同じ世界に住む人である、といったようなことであろうかと思います。
 逆に、子供が戯れに口にした言葉がどれほどしゃれたものであろうとも、彼は決して詩人でないのです。》

1 問い 

 とうていはく、「この坐禅の行は、いまだ仏法を証会せざらんものは、坐禅辨道してその証をとるべし。すでに仏正法(ブツショウボウ)をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん。」

【現代語訳】

問うて言う、「この坐禅の行は、まだ仏法を悟っていない者は、坐禅修行してその悟りを手に入れればよいでしょう。しかし、既に仏の正法を明らかにした人は、坐禅して何を待ち望むというのですか。」
 

《第七の問いです。
 まだ悟りを開いていない者は坐禅しなくてはならない、というのは解るが、すでに悟りを開いた人が、さらに坐禅しなくてはならないというのは、なぜか、と問います。
 戯れに、私が先に答えてみましょう。
 野球の王選手が全盛でホームランを打ちまくっていた頃、投手の投げてくるボールが止まって見えるので、後はそれをバットに乗せて運ぶだけなのだと語った、という逸話があります。
 しかし、かの王さんもその後次第に打てなくなりました。時速百四十キロで目の前と通過するものを止まっていると見るためには、バッターボックスに立つたびに、おそらく大変な精神力(それが実際にどういうものであるのか常人には測りがたいのですが)を必要とするのでしょう。
 悟りという状態は、いったんその境地に至れば、例えば座布団の上に座っているように、そのままいつまでも定着的にそこにいられるようなものではなくて、常に一過性の、まさに「状態」として、与えられるのではないでしょうか。
 しかし、一度その境地、その精神状態を経験した人は、一定のルーテイン的行動(例えば坐禅を組むこと)によって、比較的容易にその境地に入り込むことができる、それを定着させた人が覚者であろうと思われるのですが、そのためにはそれを維持するためのそれなりの継続的な修行(行動)が必要なのです、…というようなことではどうでしょうか。》

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