『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

十五 問十 精神の永遠 (続)

 しかあるを、この見をならうて仏法とせん、瓦礫(ガリャク)をにぎりて金宝(コンポウ)とおもはんよりもなほおろかなり。癡迷のはづべき、たとふるにものなし。大唐国の慧忠(エチュウ)国師、ふかくいましめたり。
 いま心常相滅の邪見を計(ケ)して、諸仏の妙法にひとしめ、生死の本因をおこして、生死をはなれたりとおもはん、おろかなるにあらずや、もともあはれむべし。ただこれ外道の邪見なりとしれ、みみにふるべからず。
  

【現代語訳】
 しかしながら、この見解を学んで仏法とするのは、瓦礫を握って黄金と思うよりも、もっと愚かなことです。愚迷の恥ずかしいこと例えようがありません。これを大唐国の慧忠国師は、深く戒めています。
 今、心は常住で身相は生滅する、という悪しき考えを計って、諸仏の優れた法に等しいものとし、生死流転の根本原因を起こして、生死流転を離れたと思うことは、愚かではないでしょうか。本当に哀れなことです。もっぱらこれは外道の悪しき考えと知りなさい。耳に触れてはいけません。
 

《「瓦礫をにぎりて金宝とおもはんよりは」と、例によって比喩による批判ですが、大切なところは、どうしてそういう考え方が「瓦礫」と言えるのかという点で、それは後で語られるはずです。
 途中「生死の本因をおこして(生死流転の根本原因を起こして)」が分かりにくく思われますが、『参究』が、「(ここにある)生死は、(生き死にのことではなくて)迷いのことである」と言って、『修証義』第一節に同じ用例があることを挙げています。ちなみにその冒頭を挙げます。
を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、但生死すなわち涅槃と心得て、 生死として厭うべきもなく、涅槃として欣うべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし。」
 確かにここに使われる六回の生と死、または生死は、『参究』がそれという最後の「生死」だけでなく、多く「迷い」と考えると、分かりやすくなります。
 すると、「迷いをおこして」という意味になりますが、つまり、心と身体を別々のものだなどという根本的な「迷い」を生じさせ、それによって身体の死は考えなくてもよいことにして、それをもって「生死をはなれたり」などと考えるのは愚か以外のものではない、ということになります。
 物事は部分毎に分解し分析してそれらを個別に考えると、分かり易く(説明し易く)なることも多いのですが、それはしばしばもとの「物事」ではなくなってしまうことがあることに気をつけなくてはなりません。
 「はじめに」で話した唐木順三先生の講義は、そういう近代西洋合理主義をどう乗り越えるかというモチーフからのものであったと思います。ドストエフスキーがロンドン万博の水晶宮を見てその陰りのなさに目を見張った(先生によれば、それは合理主義の象徴のように見えたのだろう、ということでした)、という話を印象的に聞きました。

1 答え

 しめしていはく、「いまいふところの見(ケン)、またく仏法にあらず、先尼外道(センニゲドウ)が見なり。
 いはく、かの外道の見は、わが身うちにひとつの霊知あり、かの知、すなはち縁にあふところに、よく好悪をわきまへ、是非をわきまふ。痛痒をしり、苦楽をしる、みなかの霊知のちからなり。しかあるに、かの霊性(レイショウ)は、この身の滅するとき、もぬけてかしこにうまるるゆゑに、ここに滅すとみゆれども、かしこの生あれば、ながく滅せずして常住なりといふなり。かの外道が見、かくのごとし。
 

【現代語訳】
 教えて言う、「今言うところの見解はまったく仏法ではありません。先尼という外道の見解です。
 その外道の見解を言えば、我々の身体の中には一つの霊知があり、その霊知は、縁に会えばよく好悪を分別し、是非を分別し、また痛痒を知り、苦楽を知る。これらは皆、その霊知の力である。そして、その霊知の本性は、この身が滅する時には、脱け出て他に生まれるために、我々はここで滅するように見えても、他の生があるので、永久に滅せずして常住であると言う。その外道の見解はこのようです。
 

《「先尼」は「Seniyaの音写。仏陀在世のころの外道であって、…本文に見るごとき説をなしている」(『全訳注』)のだそうです。
 私たちは日頃様々なことを考えながら過ごしているのですが、私は若かったある時期、人が死んだら、その「考えていること」はどうなるのだろうかという疑問、または、ものを考えなくなるということは、どういうことなのか、という疑問がありました。
 ここで外道と呼ばれている人たちの考えは、そういう考えに一つの答えを与えてくれようとするもののように思われます。
 「千の風になって」という歌では、亡くなった人の魂でしょうか、それが風になって吹き渡っている、という言葉がありますが、そのように、私の生前の「考え」が姿形のないままに、どこかを漂っていることを想像したこともあります。
 そして、そんなものがあるはずもないと考えたときに、初めて死というのは全き消滅なのだと実感したような気がしました。
 それは生き残る者の側からの願望であって、死んでいく側からすれば、『源氏物語』の紫の上が心許す人々に囲まれた死の床にあって抱いた、「(そういう睦まじい暮らしの中から)まづわれひとり行方知らずなりなむをおぼし続くる、いみじうあはれなり」(「御法」巻)という思いの方が実感ではないでしょうか。
 さて、ここに語られているのは古代インドに実際にあった考え方のようですが、そういう人たちの考え方が、禅師当時の日本に伝わっていて、その考え方を打破する必要があると思われるほどに流布していた、ということなのでしょうか。あるいは、いつの時代にも、同じようなことを考える人はいるということなのでしょうか。
 不老不死の薬、永遠の生命、というのは、恵まれた人にとっては、やはり憧れであるのです。》

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