『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

第二十二章 第十六問 即心是仏

4 問い続ける

 あきらかにしりぬ、自己即仏の領解(リョウゲ)をもて、仏法をしれりといふにはあらずといふことを。もし自己即仏の領解を仏法とせば、禅師さきのことばをもてみちびかじ、又しかのごとくいましむべからず。
 ただまさに、はじめ善知識をみんより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禅辨道して、一知半解(ハンゲ)を心にとどむることなかれ。仏法の妙術、それむなしからじ。」
 

【現代語訳】
 これによって明らかに知られることは、自己即仏(自己そのものが仏である)と理解することが、仏法を知ることではないということです。もし自己即仏と理解することが仏法であれば、禅師は前の言葉で則公を導かず、又このように戒めることもなかったでしょう。
 ただまさに、良き師に会ったならば、最初に修行の規則を尋ねて、ひたすらに坐禅修行して、わずかな知識や理解をも心に留めてはいけません。仏法のこの優れた方法は、空しくはないのです。」
 

《禅師によれば、則公の「火をもって更に火を求めるとは、自己をもって自己を求めるようなものである」(前節)という理解は、「自己即仏」(即心是仏と同じことを言っているようです)という考え方だとします。それは、人は本性として内に仏性が備わっているから、自分のありのままの姿がすなわち仏である、という考え方と言っていいでしょうか。しかし、それは間違っている、…。
 では、法眼は、あの清峰の言葉をどういう意味だと考えているのか。
 則公は、火を求める火の童子に、自分の姿を重ねて、自分の中にこそ求めるものがあるのだと解したようですが、法眼の理解は、すでに自分の持っているものをなお求めるのが「学人の自己」なのだ、ということではないでしょうか。
 先に「すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん」という問があり(第七問。第十二章)、そこで禅師は修証一等と答えていました。
 学ぶことは、自己に帰結して、それで終わりということではない、自己が仏だというのではない、その問い続ける姿こそが仏なのだ、ということです。
 子供に教えるような言い方をすれば、学ぶ人とは、そういう燃えるような意欲の世界を自分のものとすることだ(あるいはそういう意味で、「火」の童子を例にしたのでしょうか)、というようなことになりそうです。
 将棋の加藤一二三九段は若くから優れた棋士であったのですが、そのころある対局中に、一手に七時間考えたことがあるそうです。そして実は、その長考の間こそが、彼がもっとも純粋に棋士であるときだった、というようなことでしょうか。》

  法眼のいはく、「よきことばなり。ただし、おそらくはなんぢ会せざらんことを。」
 則公がいはく、「丙丁は火に属す。火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと会せり。」
 禅師のいはく、「まことにしりぬ、なんぢ会せざりけり。仏法もしかくのごとくならば、けふまでにつたはれじ。」
 ここに則公、懆悶してすなはちたちぬ。中路にいたりておもひき、禅師はこれ天下の善知、又五百人の大導師なり、わが非をいさむる、さだめて長処あらん。
 禅師のみもとにかへりて、懺悔礼謝(ライシャ)してとうていはく、「いかなるかこれ学人の自己なる。」
 禅師のいはく、「丙丁童子来求火」と。
 則公、このことばのしたに、おほきに仏法をさとりき。

 

【現代語訳】
 法眼が言うに、「良い言葉です。但し、おそらくあなたは会得できていないだろう。」
 則公は答えて、「丙と丁は火の仲間です。火をもって更に火を求めるとは、自己をもって自己を求めるようなものであると会得しました。」
 禅師が言うに、「本当にあなたは会得していないことが分かった。仏法がもしそのようならば、今日まで伝わらなかっただろう。」
 ここで則公は煩悶して師の下を立ち去りました。その途中で思うことには、「禅師は天下に知られた良き師であり、又五百人の修行僧を導く師である。私の非を戒めたのは、きっと師の言葉には大事な所があるからにちがいない。」と。
 そこで禅師の下に帰って懺悔礼拝して尋ねました。「仏道を学ぶ人の自己とは、どういうものでしょうか。」
 禅師は答えて、「丙丁童子がやって来て火を求める。」と。
 則公は、この言葉の下に大いに仏法を悟りました。

 

《則公のこの言葉の解釈は、なるほどそういう意味かと思わせられるもので、そうするとほぼ即心是仏というような意味になりそうですが、法眼によれば、どうもそういう意味ではなかったようです。
 間違った解釈だと指摘されて師の前をいったん退いた則公が、思い直して再度師の前に来て改めて「それでは自己とは何なのか」と教えを請います。
 すると法眼は、先の同じ言葉で答えました。ちょっと漫才のやりとりのようで、笑ってしまいそうですが、もちろん大真面目で、則公は、それによって直ちに「仏法を悟」ったのだといいます。
 さてそこで、以下、次節が禅師の教えです。
 ところで最初の法眼の言葉の語尾に「ことを」とあるのが気になりましたが、これは上に「おそらくは」とあるのを受けているのでしょう。この言葉は現在では全く副詞(多分、という意味)として使われていますが、この時代にはまだ本来の「心配することは」という意味が生きていたということなのでしょう。つまり法眼は心配して訊ねているのです。》

2 丙丁童子来求火

 むかし、則公監院(カンニン)といふ僧、法眼(ホウゲン)禅師の会中(エチュウ)にありしに、法眼禅師とうていはく、「則監寺(ソクカンス)、なんぢわが会にありていくばくのときぞ。」
 則公がいはく、「われ師の会にはんべりて、すでに三年をへたり。」
 禅師のいはく、「なんぢはこれ後生(ゴショウ)なり、なんぞつねにわれに仏法をとはざる。」
 則公がいはく、「それがし、和尚をあざむくべからず。かつて青峰禅師のところにありしとき、仏法におきて安楽のところを了達せり。」
 禅師のいはく、「なんぢいかなることばによりてか、いることをえし。」
 則公がいはく、「それがし、かつて青峰にとひき、いかなるかこれ学人(ガクニン)の自己なる。青峰のいはく、丙丁童子来求火(ビョウジョウ ドウジ ライグカ)。」
 

【現代語訳】
 昔、則公監院という僧が法眼禅師の道場にいた時、法眼禅師が尋ねました。「則公監寺さん、あなたはわたしの道場に来て、どれほどになりますか。」
 則公は答えて、「私は師の道場におりまして、すでに三年がたちました。」
 禅師が言うに、「あなたは私の後輩である。どうして平生私に仏法を尋ねないのか。」
 則公は答えて、「私は和尚様を侮ってはおりません。以前、青峰禅師のところにいた時に、仏法に於いて安楽のところを悟ったのです。」
 禅師が言うに、「あなたは、どういう言葉によって悟ることが出来たのか。」
 則公は答えて、「私は以前、青峰に尋ねました、仏道を学ぶ人の自己とは、どういうものでしょうか。青峰は答えて、丙丁童子がやって来て火を求める」。
 

《「安楽のところを悟った」というのが変な言葉のように思われますが、特別な意味はないようで、諸訳、ほぼそのままに使っていて、『全訳注』が「一応落ち着くところに到達しました」と言い換えています。
 さて、最後の「丙丁童子来求火」が話の中心です。当然、「丙丁童子、来りて火を求む」と読むところなのでしょうが、そのまま音読する形になっていて、それは『全訳注』も同じです。いろいろな意味にとれるから、ということでしょう。
 「丙は十干の第三、ひのえ(火の兄)、丁は十干の第四、ひのと(火の弟)である。その二人の火の童子がやってきて、火をもとめるのである」(『全訳注』)。
 その言葉の意味が以下の話になります。
 途中、「あざむく」を「侮る」と訳してありますが、『辞典』によれば、その意味は「見くびって自分の思うままにする。だます」とありますから、やはり普通に「騙す」(嘘をつく)のほうがよさそうに思います。別の師から、すでに教えを受けていることを現在の師に隠すことはできない、という気持ちを言っていると思われます。

1 問い

 とうていはく、「あるがいはく、仏法には、即心是仏のむねを了達しぬるがごときは、くちに経典を誦(ジュ)せず、身に仏道を行ぜざれども、あへて仏法にかけたるところなし。ただ仏法はもとより自己にありとしる、これを得道の全円とす。このほかさらに他人にむかひてもとむべきにあらず、いはんや坐禅辨道をわづらはしくせんや。」
 しめしていはく、「このことば、もともはかなし。もしなんぢがいふごとくならば、こころあらんもの、たれかこのむねををしへんに、しることなからん。
 しるべし、仏法は、まさに自他の見をやめて学するなり。もし自己即仏としるをもて得道とせば、釈尊むかし化道(ケドウ)にわづらはじ。しばらく古徳の妙則をもてこれを証すべし。
 

【現代語訳】
 問うて言う、「ある人が言うには、仏法では、即心是仏(この心がそのまま仏である)の趣旨を了解すれば、口に経典を唱えることなく、身に仏道を行じなくても、少しも仏法に欠けたところはない。ただ仏法は元来自己にあると知れば、これが円満な悟りである。このほか、更に他人に向かって求めるべきではない。まして坐禅修行を煩わしくする必要があろうか、と言います。」
 教えて言う、「この言葉は、大層はかない言葉です。もし仏法が、あなたの言う通りであれば、心ある人ならば、誰でもこの趣旨を教えれば理解できることでしょう。
 知ることです、仏法は、まさに自他を分別する見を止めて学ぶのです。もし自己即仏(自己そのものが仏である)と知ることが悟りであれば、釈尊は昔、教化の道に苦労しなかったことでしょう。しばらく、昔の祖師の優れた規範をもって、これを証明しましょう。
 

《第十六の問答です。「即心是仏」のことは、この第九章の第四の問いでも取り上げられていて、そこでは、「即坐成仏のむね、さらに又かがみのうちのかげなり」、つまり一つの観念に過ぎないのであって、「ことばのたくみにかかはるべからず」とされていました。
 それを再び取り上げての説法で、この公案がいかに大きなテーマであったかと思わされます。
 即心是仏、「仏法はもともと本来自分にある。わざわざ求めなくても、本来自分のうちにそなわって存在しているものである」(『講話』)という考え方は、「大乗仏教にはしょっちゅう出てくる。ことに禅では、…(八代)馬祖の時代から『即心是仏』、心がすぐに仏だということが言われている」(同)のだそうです。
 そして、人間の存在自体がよいものであるなら、なぜ教えを受けたり修行したりすることが必要なのか、という問いは、禅師のみずから抱いた最初の公案でもあったのでした。
 さて、禅師の答えは、「仏法は、まさに自他を分別する見を止めて学ぶ」ものである、というものでした。先の問いのどういうところが自他の区別をしたと言えるのか、またその区別をしないで、どのように考えていくのか、以下の例えの話によって、そのことが説かれます。》

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