『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

三皇五帝の語、いまだ転輪聖王のをしへにおよぶべからず

 古徳 云はく、
「孔丘、姫旦(キタン)の語、三皇五帝の書の如き、孝以て家を治め、忠以て国を治め、国を輔(タス)け民を利する、只是一世の内のみにして、過未(カミ)に済(ワタ)らず。未だ仏法の三世を益するに斉(ヒト)しからず。豈謬(アヤマ)らざらんや。」
 まことなるかなや、古徳の語、よく仏法の至理に達せり、世俗の道理にあきらかなり。
 三皇五帝の語、いまだ転輪聖王のをしへにおよぶべからず、梵王、帝釈の説にならべ論ずべからず。統領するところ、所得の果報、はるかに劣(レツ)なるべし。輪王(リンノウ)、梵王、帝釈、なほ出家受具の比丘におよばず、いかにいはんや如来にひとしからんや。孔丘、姫旦の書、また天竺の十八大経におよぶべからず、四韋陀(シイダ)の典籍(テンジャク)にならべがたし。
 西天婆羅門教、いまだ仏教にひとしからざるなり、なほ小乗声聞にひとしからず。あはれむべし、振旦小国辺方にして、三教一致の邪説あり。
 第十四祖 龍樹菩薩云はく、
「大阿羅漢、辟支仏(ビャクシブツ)は、八万大劫(ダイコウ)を知る。諸大菩薩、及び仏は、無量劫を知る。」
 孔老等、いまだ一世のうちの前後をしらず、一生二生の宿通あらんや。いかにいはんや一劫をしらんや、いかにいはんや百劫千劫をしらんや、いかにいはんや八万大劫をしらんや、いかにいはんや無量劫をしらんや。
 この無量劫をあきらかにてらししれること、たなごころをみるよりもあきらかなる諸仏菩薩を、孔老等に比類せん、愚闇といふにもたらざるなり。耳を掩(オオウ)て三教一致の言(ゴン)をきくことなかれ、邪説中最邪説なり。
 

【現代語訳】
 古聖の言うことには、
「孔丘(孔子)、姫旦(孔子が理想とした聖人、周公旦)の言葉や、三皇五帝(伝説上の理想の皇帝たち)の書物などは、孝によって家を治め、忠によって国を治めて、国を助け民を利することを説いているが、これはただ、一生一代の中だけの教えであり、過去や未来に亘る教えではない。だから仏法の三世(前世現世来世)を益する教えとは同等ではないのである。どうか誤らないでもらいたい。」と。
 この古聖の言葉はまことであり、仏法の正しい道理に達していて、世俗の道理に明るいと言えます。
 三皇五帝の言葉は、まだ転輪聖王(三十二の好相を具えた世俗の王)の教えに及ばないものであり、梵天や帝釈天の教えと並べて論じてもいけません。何故なら、統治する場所や得られる果報が、それらよりも遥かに劣っているからです。その転輪聖王や梵天、帝釈天でさえ、出家の戒を受けた比丘(僧)には及ばないのであり、ましてや如来(仏陀)とは同等でありません。また、孔丘や姫旦の書は、インドのバラモン十八大経には及ばないものであり、その四種のヴェーダの典籍に匹敵するものではないのです。
 そのインドのバラモン教は、今でも仏教と同等ではないし、小乗の声聞の教えとも同等ではありません。哀れに思うことは、中国は小国辺方の地なので、「三教(仏教 儒教 道教)は一致する」というような誤った説が生まれるということです。
 第十四祖、龍樹菩薩の言うことには、
「大阿羅漢(煩悩を断滅した最高の聖者)や辟支仏(自ら縁起の法を観じて悟りを開いた聖者)は、八万大劫という長い時を知っている。諸大菩薩や仏は、無量劫という無限の時を知っている。」と。
 孔子や老子などは、まだ一生一代の中の前後のことさえ知らないのですから、一生二生の過去世を知る智慧などありましょうか。ましてや一劫という長い時を知っているでしょうか、ましてや百劫千劫を知っているでしょうか、ましてや八万大劫を知っているでしょうか、ましてや無量劫を知っているでしょうか。
 この無量劫を明らかに照らして理解すること、自分の手のひらを見るよりも明らかな諸仏諸菩薩を、孔子や老子などと比較することは、愚かで道理に暗いと言っても言い足りません。ですから、耳を覆って「三教は一致する」という言葉を聞いてはいけません。これは邪説の中の最大の邪説なのです。
 

《少し長くなりましたが、要点は一つで、やはり孔老への批判の焦点は「只是一世の内のみにして、過未に済らず」というところにあるようです。
 儒家は、「修身斉家治国平天下」を標榜していることからも分かるように、現世における人のあり方を中心的に考えます。先祖を祀ることを大切なこととして教える話もどこかにあったようには思いますが、それも現在を生きる生き方としてのことで、自分の存在そのものが過去世の結果としてあるのだというような、本質的な関係として考えられていたわけではなかったと思います。
 それは、禅師の抱いた「本来本法性、天然自性身」なら、なぜ修行が必要か、というような問題に対す答えにはなりえない、方向性の異なる問題設定ですから、禅師が不満を抱くのは十分に理解できるように思われます。
 禅師は、自分とは何ものか、という問いに向き合ってきたのであって、自分の存在を前提とした「修身」というような考え方と自分の信ずる仏法とを一緒くたにしないでほしいという気持ちが、こういう激しい、執拗な批判になった、というようなことでしょうか。
 次は、荘子についての批判です。》


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因果の道理、歴然としてわたくしなし

 おほよそこの因縁に、頌古(ジュコ)拈古(ネンコ)のともがら三十余人あり。一人としても、不落因果これ撥無因果なりとうたがふものなし。あはれむべし、このともがら、因果をあきらめず、いたづらに紛紜(フンウン)のなかに一生をむなしくせり。
  仏法参学には、第一因果をあきらむるなり。因果を撥無するがごときは、おそらくは猛利の邪見をおこして、断善根とならんことを。
 おほよそ因果の道理、歴然(レキネン)としてわたくしなし。造悪のものは堕し、修善(シュゼン)のものはのぼる、毫釐(ゴウリ)もたがはざるなり。
 もし因果亡じ、むなしからんがごときは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず、おほよそ衆生の見仏聞法(モンポウ)あるべからざるなり。
  因果の道理は、孔子老子等のあきらむるところにあらず、ただ仏仏祖祖あきらめつたへましますところなり。澆季(ギョウキ)の学者薄福にして、正師(ショウシ)にあはず、正法をきかず。このゆゑに、因果をあきらめざるなり。
 撥無因果すれば、このとがによりて、莾莾(モウモウ)蕩蕩として殃過(オウカ)をうくるなり。撥無因果のほかに、余悪いまだつくらずといふとも、まづこの見毒はなはだしきなり。
 しかあればすなはち、参学のともがら、菩提心をさきとして、仏祖の洪恩を報ずべくは、すみやかに諸因諸果をあきらむべし。

 正法眼蔵 深信因果

 彼の御本の奥書きに云く、建長七年乙卯(キノトウ)夏安居の日、御草案を以て之を書写す。未だ中書の清書に及ばず、定めて再治すべき事有り。然りと雖も之を書写す。懐弉

 

【現代語訳】
 およそ、この百丈禅師の因縁話に対して、称揚の言葉や評釈を述べた仲間は、三十人余りありますが、一人として、「因果に落ちない」という言葉が因果を否定するものであると疑う者はありません。哀れなことです、この者たちは因果の道理を明らかにしないで、いたずらに混乱した考えの中で、一生を空しく送っているのです。
 仏法を学ぶには、まず第一に因果の道理を明らかにすることです。因果を無視する者は、おそらく甚だ悪しき考えを起こして、自らの善根を断つことになるでしょう。
 およそ因果の道理は明白であり、私心の入る隙はないのです。悪をなす者は堕ち、善を修める者は昇るのです。この道理は毛筋ほども食い違うことはありません。
 もし因果が無く、その道理が空しいものであれば、諸仏が世に出ることもなく、祖師達磨がインドからやって来て法を伝えることもなく、だいたい人々が仏に見えて法を聞くこともなかったのです。
 この因果の道理は、孔子や老子などが明らかにしたのではありません。ただ諸仏や祖師だけが明らかにして伝えてこられたのです。末世に学ぶ者は、不幸にして正法の師に会わず、正法を聞くこともありません。このために因果の道理を明らかに出来ないのです。
 因果を無視すれば、この咎によって限りなく多くの災いを受けるのです。因果を無視することの他に悪をなさなくても、まずこの誤った考えによる害毒が甚だしいのです。
 ですから仏道を学ぶ仲間は、菩提心(道心)を第一にして、仏祖の大恩に報いるために、速やかに諸々の因、諸々の果を明らかにしなさい。

 正法眼蔵 深信因果
 
 その御本のあとがきに言う。建長七年、夏の修行期間中に、御草案を書写した。
まだ中書の清書がされていないので、必ず再検討すべきものである。そうではあるが、これを書写した。

                                        懐弉

《初めにおことわりを。昨日投稿後、考え直して、前節の終わりを少し書き直しました。ご関心の向きは覗いてみて下さい。
 さて、因果の道理の肝要なることを語ってこの巻を終わりますが、それは分かったとして、それと坐禅の関係は、どういうことになるのでしょうか。
 坐禅が最も優れた「因」となるということでしょうか。いや、「供養諸仏」こそが、そうだったのではないか、…。
 終わりの「彼の御本の」以下のことがよく分かりません。その「奥書き」に書いてあったのは、以下のどこまでのことなのでしょうか。このまま読むと、懐弉自体が写本を見ながら書写したことになりそうですし、「中書の清書」もよく分からない言葉です。
 ただし『全訳注』のこの部分は「彼の御本の奥書きに云く」の句がなく、また「中書・清書」とあって、それならすっきりします。
 ところで、ここの主旨には関係ありませんが、「おほよそ因果の道理、歴然としてわたくしなし」は懐かしい言葉です。
 これは「修証義」にそのまま取り込まれている一節ですが、昔、母が自分の母の年忌法要に実家に行くことになった折、一緒に行くことをねだった私に、父が、法要では「修証義」が読まれるだろうから、その第一巻が読めたら行かせてやると言うので、本堂で何度か練習しましたが、その中で、何故か記憶に残っている一節です。
 実際の法要の際には、「修証義」の全巻が読まれて、第二巻から後は不安に思いながらついて行ったのでした。 

次は「四禅比丘」巻を読んでみます。》

「深信因果」巻 おわり。


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何をか名づけて優婆塞と為す也

 仏、迦毗羅衛尼拘陀林(カビラエニクダリン)に在りし時、釈摩男(シャクマナン)、仏の所に来至(ライシ)して、是の如くの言(ゴン)を作(ナ)して云(イハ)く、
「何をか名づけて優婆塞(ウバソク)と為(ナ)す也(ヤ)。」
 仏即ち為に説きたまふ、
「若し善男子善女人有って諸根完具し、三帰を受けん、是を即ち名づけて優婆塞と為す。」
 釈摩男 (イ)はく、
「世尊、云何(イカン)が名づけて一分(イチブン)の優婆塞と為すや。」
 仏 (ノタマ)はく、
「摩男(マナン)、若し三帰を受け、及び一戒を受けんには、是を一分の優婆塞と名づく。」
 仏弟子となること、かならず三帰による。いづれの戒をうくるも、かならず三帰をうけて、そののち諸戒をうくるなり。しかあればすなはち、三帰によりて得戒(トッカイ)あるなり。
 

【現代語訳】
 仏(釈尊)がカビラエ国のニクダ林に居られた時に、釈迦族の摩訶男(マカナン)が仏の所にやって来て、次のように尋ねた。
「どのような人を優婆塞(仏道に帰依し五戒を守る在家信者)と呼ぶのでしょうか。」
 仏は摩訶男のために説かれた。
「善良な男女で諸根(感覚器官である眼 意の六根)を満足に具え、三帰依を受けた人を優婆塞と呼ぶ。」
 さらに摩訶男は尋ねた。
「世尊よ、それではどのような人を優婆塞の仲間と呼ぶのでしょうか。」
 仏は答えた。
「摩訶男よ、三帰依を受け、そして在家の五戒(不殺生、不偸盗、不邪婬、不妄語、不飲酒)の中の一つを受けたならば、この人を優婆塞の仲間と呼ぶのである。」と。
 このように、仏弟子となる者は、必ず三帰依を受けるのです。どの戒を受けるにも、必ず三帰依を受けてから、その後に諸戒を受けるのです。ですから、三帰依によって戒が得られるということです。
 

《「大般涅槃経」にあるエピソードだそうで、終わりの「仏弟子となる」以下が禅師の解説です。
 「優婆塞」とはどういう人を言うのかという問いですが、そう言われれば、在家信者というのは大きな幅のある括りです。
 そこでもともかく「三帰を受」けているかどうかが境目だという明快な答えで、つまり「三宝に帰依している」ことが、それほどに大きなこととされるわけです。
 同様に「一分の優婆塞」ということもあるようです。「一分の」とあるので、普通の優婆塞よりはランクが下のようにも見えますが、ここの解釈に従えば、「三帰を受け」た上にさらに「一戒を受け」ている人のことのようですから、逆にワンランク上の人ということになりそうです。
 いずれにしても、「三帰」を受けることが重要で、戒を受けるにしてもその後である、という話です。
 さてここから、以下、同様に、さらに経典からエピソード二つが引用され、それへの禅師の解説が語られて、この巻の終わりになります。》


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2 執侍服労の日月

 かくのごとくの供養、かならず誠心(ジョウシン)に修設(シュセツ)すべし。諸仏かならず修しきたりましますところなり。その因縁、あまねく経律にあきらかなれども、なほ仏祖まのあたり正伝しきたりまします。
 執侍(シツジ)服労の日月、すなはち供養の時節なり。形像(ギョウゾウ)舎利を安置し、供養礼拝し、塔廟をたて支提(シダイ)をたつる儀則、ひとり仏祖の屋裏(オクリ)に正伝せり、仏祖の児孫にあらざれば正伝せず。
 またもし如法(ニョホウ)に正伝せざれば、法儀相違す。法儀相違するがごときは供養まことならず。供養まことならざれば、功徳おろそかなり。かならず如法供養の法、ならひ正伝すべし。
 令韜(レイトウ)禅師は曹谿の塔頭(タッチュウ)に陪侍して年月をおくり、盧行者は昼夜にやすまず碓米供衆(ツイメイクジュ)する、みな供養の如法なり。これその少分なり、しげくあぐるにいとまあらず。かくのごとく供養すべきなり。
 
 正法眼蔵 供養諸仏 第五
 
 建長七年 夏安居
(ゲアンゴ゙)の日
 弘安第二 己卯(ツチノトウ)六月二十三日 永平寺衆寮(ジュリョウ)に在って之を書写す。

【現代語訳】
 このような供養を、必ず真心で行いなさい。これは諸仏が必ず修めてこられたものなのです。その供養の因縁は、広く経や律に明らかに説かれていますが、さらに仏祖(仏と祖師)は、それを直接 正しく伝えてこられたのです。
 諸仏に仕える月日とは、つまり供養の日々のことなのです。仏像や舎利(仏の遺骨)を安置して供養礼拝すること、塔廟や霊廟を建てる作法などは、ただ仏祖の教えの中だけに正しく伝えられてきたのであり、仏祖の児孫(門弟)でない者はそれを正しく伝えていないのです。
 又、もし法の通りに正しく伝えなければ、作法は違ったものになります。作法が違えばその供養はまことのものになりません。供養がまことのものでなければ功徳は劣ります。ですから、必ず法の通りに供養の法を学んで正しく伝えていきなさい。
 令韜禅師は曹谿(六祖慧能)の墓塔に仕えて年月を送り、また盧行者(六祖慧能)は五祖弘忍のもとで、昼夜に休まず米を搗いて僧衆に供養したことは、皆供養の作法であったのです。これはその少しの例であって多くを取り上げることはできませんが、我々はこのように供養するべきなのです。
 

正法眼蔵 供養諸仏 第五

建長七年(1255)夏安居の日
弘安二年(1279)六月二十三日、永平寺衆寮に於いてこれを書写する。

 

《禅師の結びの言葉です。
 ここでは、「執侍服労の日月、すなわち供養の時節なり」という言葉が全てでしょうか。仏道において行う振る舞いは、全てが供養ということだ、という意味と思われます。それを伝えられてきているとおり、正しい作法で行わなければならない、逆にそれがまた仏道と言うことなのだ、ただし、その供養は、「かならず如法供養の法、ならひ正伝すべし」というものでなければならない、…。
 かくして修行は定められた型のとおりに、日夜繰り返されます。
 永平寺の日課は開山以来その形を変えることなく続けられていると聞きます。
 

次から、「帰依三宝」を読んでみます。》

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1 供養心六種

 次に、供養の心に六種有り。
一には福田無上心。生福田(ショウフクデン)の中の最勝なり。
二には恩徳無上心。一切の善楽(ゼンギョウ)は、三宝に依って出生(シュッショウ)す。
三には生一切衆生最勝心(ショウイッサイシュジョウサイショウシン)
四には如優曇鉢華難遇心(ニョウドンハツゲナングウシン)
五には三千大千世界殊独一心。
六には一切世間出世間、具足依義心(エギシン)。謂(イハ)く、如来世間出世間の法を具足したまひ、能く衆生の与(タメ)に依止処(エシショ)と為(ナ)りたまふを、具足依義と名づく。

の六心を以て、是れ少物(ショウモツ)なりと雖も、三宝に供養すれば、能く無量無辺の功徳を獲(エ)しむ。何(イカ)に況や其の多からんをや。」
 

【現代語訳】
 次に、供養の心には六種類がある。
一は、三宝(仏、仏の法、仏の僧団)は福田(福の収穫を与える田)の中で無上のものと観じる心。三宝は福を生じる田の中で最も優れたものである。
二は、仏の恩徳(恩恵)は無上のものと観じる心。すべての善き楽しみは三宝によって生まれる。
三は、三宝はすべての人々に最勝の心を生じさせると観じる心。
四は、仏には三千年に一度咲くという優曇華のように会い難いと観じる心。
五は、仏心は、全世界の中でかけがえのない一つの心であると観じる心。
六は、仏はすべての世間と出世間(出家)の人々のよりどころであると観じる心。如来(仏)は世間と出世間の法を熟知されていて、よく人々のためによりどころとなられていることを具足依義という。
 この六つの心によって、たとえ少しの物でも三宝に供養すれば、無量無辺の功徳が得られるのである。まして、その供養が多ければなおさらである。」と。
 

《供養するときの気持ちの持ち方、何を信じて供養ということをするのか、という点での区別でしょうか。
 『提唱』が、例えば「福田無上心」について、「供養ということが幸福を生む源泉(福田)であって、しかもその最高のものであるという気持ちを持って供養することである」と言っていて、こういうふうに解すると分かりやすく思われます。つまり、そういう気持ちを持って供養するというやり方がある、場合がある、と考えるわけです。
 二については、「恩徳無上心」は「供養によって得られるところの仏恩、あるいは功徳というものが最高であるという判断で供養をおこなうことである」とした上で、「一切のよい楽しみ(善楽。『全訳注』は「善と楽」としています)というものは、…三宝(仏・法・僧)の恩徳(先の言葉で言えば仏恩でしょうか)が最高のものであるということを確信して供養をする」やり方だと言います。
 三は、ここの訳は「三宝は」となっていますが、やはり「供養は」で、「すべての人々に最勝の心を生じさせると」信じて行うやり方。
 四は、優曇華の花のように滅多に見られるものではないから、「機会があったならば、ぜひ供養しようという気持ちを持」って行う。
 五は、広い世界の中で自分一人でも行おうと思って行う。
 六は、「依義」が「正しさに頼る」、「具足」が「欠けることがない」の意で、「この世の中の法則、あるいは仏道の法則、そういう正しさに完全に頼って生きていく、そういう気持ちで供養を行う」。
 一、二、三は、供養によってもたらされるものを信じる心、四、五、六は、供養ということがかけがえのないものであると信じる心、というようなことになりましょうか。
 と言われると、逐条的には一応なるほどと思いますが、やはりこの巻の初めの方で繰り返し語られてきた「有所得」の供養への批判に微妙に触れることになるのではないか、という気がします。供養は、求めるところのない、ひたすらなる無償の行為でなくてはならなかったのではなかったか、…。
 あ、いや、「観じる(信じる)」のだから、「求める」のとは違うとも言えますか。そこは大事なところかも知れません。》



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