『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

十一

3 振旦に二福有り

 真諦(シンタイ)三蔵云はく、
「振旦に二福有り、一には羅刹(ラセツ)無く、二には外道無し。」
 このことば、まことに西国の外道婆羅門の伝来せるなり。
 得道の外道なしといふとも、外道の見(ケン)をおこすともがらなかるべきにあらず。
 羅刹はいまだみえず、外道の流類(ルルイ)はなきにあらず。小国辺地のゆゑに、中印度のごとくにあらざることは、仏法をわづかに修習(シュジュウ)すといへども、印度のごとくに証(ショウ)をとれるなし。
 

【現代語訳】
 真諦三蔵の言うことには、
「中国には二つの幸福がある。一つは羅刹(悪鬼)がいないこと、二つには外道(仏教以外の教えを信奉する者)がいないことである。」と。
 これは実にインドの外道、バラモンの言葉を伝えたものです。
 中国には、道を得た外道はいないとは言っても、外道の考えを起こす出家がいない訳ではありません。
 羅刹はまだ見たことがなくても、外道の部類は無い訳ではないのです。この国が小国辺地のために、中央インドと同じでないことは、仏法をほんの少し学習しても、インドのように悟りを得る者がいないことからも明らかです。
 

《中国には「外道」や「羅刹」はいないという人もいるが、そうとは言わないまでも似たような誤った考えを持つ人は、やはりいるのだ、という話のようで、前節で、「大宋国に(誤った説をなす者が)稲麻竹葦のごとく、朝野に遍満せり」と言ったことについての補説だと思われます
 「得道の外道」というのがよく分かりません。『全訳注』は「神通を得た外道」と訳していますが、外道でも神通を得ることができるのでしょうか。『提唱』は「十分理解した状態で、仏教以外の教えを正しいと信じて生活しておる」人、と言います。そうなると、筋金入りの外道とでも言いましょうか。しかしまあそれなら分からなくはありません。
 中国を、「辺地」というのは、どこを中心と考えるかという相対的な問題ですから分かるとしても、「小国」というのは不思議です。当時にあってもインドよりは広かったのではないかと思いますが、禅師にとってまだ見ぬインドは、憧れの故にそのように思えていたのでしょうか。》


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2 「造次顛沛、みな三菩提なり」

 あるがいはく、
「諸仏如来ひろく法界(ホッカイ)を証するゆゑに、微塵法界、みな諸仏の所証なり。しかあれば、依正(エショウ)二報ともに如来の所証となりぬるがゆゑに、山河(センガ)大地、日月星辰(ニチガツショウシン)、四倒三毒、みな如来の所証なり。山河をみるは如来をみるなり、三毒四倒、仏法にあらずといふことなし。微塵をみるは法界をみるにひとし、造次顛沛(テンパイ)、みな三菩提なり。これを大解脱といふ、これを単伝直指(ジキシ)の祖道となづく。」
 かくのごとくいふともがら、大宋国に稲麻竹葦のごとく、朝野に遍満せり。しかあれども、このともがら、たれ人の児孫といふことあきらかならず、おほよそ仏祖の道をしらざるなり。
 たとひ諸仏の所証となるとも、山河大地たちまちに凡夫の所見なかるべきにあらず。諸仏の所証となる道理をならはず、きかざるなり。
 なんぢ微塵をみるは法界をみるにひとしといふ、民の王にひとしといはんがごとし。またなんぞ法界をみて微塵にひとしといはざる。
 もしこのともがらの所見を仏祖の大道(ダイドウ)とせば、諸仏出世すべからず、祖師出現すべからず、衆生得道すべからざるなり。たとひ生即無生(ショウソクムショウ)と体逹(タイダツ)すとも、この道理にあらず。
 

【現代語訳】
 ある人が言うには、
「諸仏は、広くあらゆる世界を悟ったのであるから、微塵の世界も、すべて諸仏の悟りの世界である。そのために、人間として生まれたことも、生まれた場所も、共に仏の悟りの世界となったのであるから、山河大地や太陽、月、星、凡夫の四顚倒(四つの顚倒した考え。世間を常住不変と見、感受を楽とし、我ありとし、肉体を清浄と見ること。)や、三毒(貪り、怒り、愚かさなどの煩悩)も、すべて仏の悟りの世界なのである。山河を見ることは仏を見ることであり、三毒や凡夫の四顚倒も、仏法でないものはない。微塵を見ることは、あらゆる世界を見ることと同じであり、急迫困窮することも、すべて仏の悟りなのである。これを大いなる解脱といい、これを祖師から祖師へと端的に伝えられた仏道と呼ぶのである。」と。
 このように言う出家が、大宋国には数え切れないほど天下に満ち溢れています。しかしこの者たちは、何人の法の児孫なのか明らかではなく、およそ仏祖の道というものを知らないのです。
 たとえ諸仏が、あらゆる世界を悟ったとしても、山河大地には、すぐに凡夫の考えがなくなる訳ではありません。何故なら、凡夫は諸仏の悟った道理を学んでいないし、聞いていないからです。
 前の説を唱える者に私は言おう、
「お前は、微塵を見ることは、あらゆる世界を見ることと同じであると言うが、それは、庶民のことを国王と同じであると言うようなものである。又、どうしてあらゆる世界を見て微塵と同じであると言わないのか。」と。
 もしこの者の考えを仏祖の大道とするならば、諸仏は世に出現しなかったであろうし、祖師も世に出現しなかったであろうし、人々も仏道を得ることは無かったでしょう。たとえ生とは無生であると物事の実相を究め尽くしたとしても、この者の言う道理ではないのです。
 

《ここは、因果の有無といういわば形式論を離れて、内容に立ち入っての批判です。
 「万法すすみて自己を修証するはさとり」(「現成公案」巻)というのですから、「万法」の中に真実があるのでしょう、すると「微塵法界、みな諸仏の所証なり」ということも言えそうで、例えば無為自然というあり方によく似ているようにも思われます。
 しかし、「たとひ諸仏の所証となるとも、山河大地たちまちに凡夫の所見なかるべきにあらず」、確かに諸仏は自然を見つめることで真実に至ったのであるが、凡夫は凡夫の見方で自然に対しているので、諸仏が自然において見たものと凡夫がそこに見るものとは同じであるはずがない、結局凡夫は「諸仏の所証となる道理をならはず、きかざるなり」、…。
 凡夫は、生の自然を見ているだけなのですが、諸仏は、自然が意味しているもの、自然が説いていることがらを見、受け取っているのだ、というようなことでしょうか。
 「現成公案」巻第三章5節であげた画家の目に映った自然は、対象は「凡夫」の目に映る自然と同じですが、そこに見えているものは、全く別の世界であるわけで、それと同じことだと考えればいいでしょうか。
 実はそういうことは何にでも言えることで、野球の専門家は、同じ一つの試合をみても、ただの野球ファンが見る試合とは別の試合を見ているでしょうし、以前書いたと思いますが、将棋の田中寅彦九段は、縁台将棋を横から覗いて、将棋にはこんな楽しみ方もあったのかと驚いた、とどこかに書いています。
 そして仏道は、師無しにそれはできないのだと、禅師は言います。》

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1 荘子云はく

 荘子云はく、「貴賤苦楽、是非得失、皆是自然(ジネン)なり。」
 この見(ケン)、すでに西国の自然見(ジネンケン)の外道の流類(ルルイ)なり。
 貴賤苦楽、是非得失、みなこれ善悪業(ゼンアクゴウ)の感ずるところなり。
 満業(マンゴウ)、引業(インゴウ)をしらず、過世(カセ)、来世をあきらめざるがゆゑに、現在にくらし、いかでか仏法にひとしからん。
 

【現代語訳】
 荘子の言うことには、「貴賤や苦楽、是非や得失は、すべて自然である。」と。
 この見解は、まさしく西国インドの、因果を否定する自然見の外道の部類の説と同じです。
 貴賤 苦楽、是非 得失は、すべて善悪の行為の結果なのです。
 荘子は、貴賤苦楽などを招く行いや、同じく人間界に生まれる行いについて知らず、過去世や来世のことを明らかにしていないので、現在のことにも暗いのです。これでどうして仏法と等しいといえましょうか。
 

《荘子批判です。
 まず、この世の「貴賤苦楽、是非得失」は「自然」であるとする荘子の考え方が示されます。
 人は自分の人生の幸不幸、運不運を(多くは、不幸と不運を、ですが)、何故のことなのかと問いたくなるときがあります。以前、「三時業」の冒頭で闍夜多という僧がそれについて典型的な問いを鳩摩羅多尊者に投げかけていました。
 身の幸不幸、運不運はなにゆえに起こるのか、荘子はそれを人為ではないのだと言います。それは自分に責任があって起こるのではなく、「自然」、宇宙の働きによって起こるのだから、何も気に病むことはない、なるに任せて、拘らぬのがよいのだと言います。
 それに対して禅師は、そうではなく「みなこれ善悪業の感ずるところ」なのであるとします。過去世の自分の行いからの因果によって生じるのだということですから、真っ向から対立する考え方で、それをおなじだなどと言うのは、確かに「おほよそ仏祖の道をしらざるなり」ということになります。
 ところで、ちょっと変なのですが、ここの荘子の言葉は『摩訶止観』(天台大師著)にある言葉だそうで、いわば孫引きという形になります。しかもそこですでに大師によって批判されているようで、それを取り上げて批判するのは、いささかふさわしくないような気がするのですが、どうでしょうか。》


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2 法句経~2

 おほよそ世間の苦厄をすくふこと、仏世尊にはしかず。このゆゑに、天帝いそぎ世尊のみもとに詣す。伏地のあひだに命終し、驢胎(ロタイ)に生ず。
 帰仏の功徳により、驢母(ロモ)の鞚(クツワ)やぶれて、陶家の坏器を踏破す。器主これをうつ。驢母の身いたみて、託胎(タクタイ)の驢やぶれぬ。すなはち天帝の身にかへりいる。仏説をききて初果をうる、帰依三宝の功徳力(クドクリキ)なり。
 しかあればすなはち、世間の苦厄すみやかにはなれて、無上菩提を証得せしむること、かならず帰依三宝のちからなるべし。
 おほよそ三帰のちから、三悪道をはなるるのみにあらず、天帝釈の身に還入(ゲンニュウ)す。天上の果報をうるのみにあらず、須陀洹(シュダオン)の聖者(ショウジャ)となる。まことに三宝の功徳海、無量無辺にましますなり。
 世尊在世は、人天(ニンデン)この慶幸(ケイコウ)あり。いま如来滅後、後五百歳のとき、人天いかがせん。しかあれども、如来形像(ギョウゾウ)舎利等、なほ世間に現住しまします。これに帰依したてまつるに、またかみのごとくの功徳をうるなり。
 

【現代語訳】
 およそ世間の苦難を救うことに於て、仏に及ぶ者はいません。それでこの帝釈天は、急いで仏の所に参ったのです。そして地に伏して礼拝する間に命が終わり、驢馬の胎内に生まれました。
 そして仏に帰依した功徳によって、驢馬の母の手綱が切れて瀬戸物屋の陶器を壊し、店主が驢馬を打って驢馬の母の身は傷み、胎の驢馬が傷ついて帝釈天の身に帰ることが出来ました。そして仏の教えを聞いて最初の聖者の悟りを得たのは、三宝に帰依した功徳力のおかげでした。
 このように、世間の苦難を速やかに離れて、無上の悟りを得させるものは、三宝に帰依する功徳力なのです。
 およそ三宝帰依の功徳力によって、地獄餓鬼畜生などの三悪道を離れるだけでなく、帝釈天の身に帰ったのです。天上界に生まれる果報を得るだけでなく、須陀洹(最初の悟りを得た者)の聖者となったのです。まことに三宝の功徳の海は広大で計り知れません。
 仏(釈尊)が世に居られた時には、人間界や天上界の人々に、このような幸せがありました。しかし今は仏の滅後、五百年の時であり、人間界や天上界の人々は一体どうすればよいのでしょうか。しかしながら、仏像や舎利(仏の遺骨)などが今も世間にあり、これに帰依すれば、またこのような功徳が得られるのです。
 

《禅師の解説です。
 やはり、「託胎の驢やぶれぬ」から「天帝の身にかへりいる」となる経過が分かりにくいのですが、そういう細かいことはおいて、ともかく、ロバになってしまうところを、無事にもとの帝釈天の姿で生まれたのだった、という話のようです。
 それもこれも、「帰依三宝」の賜だというわけです。
 なお、「後五百歳」は、ここの訳では分かりにくいですが、「『大集経』にいう五つの五百年のうち、第五の五百年をいう。末法のことである」(『全訳注』)のだそうです。》


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1 法句経~1

 法句経(ホックキョウ)に云(イハ)く、
 昔、天帝(テンタイ)有り、自ら命終(ミョウジュウ)して驢中(ロチュウ)に生ぜんことを知り、愁憂(シュウ)すること已(ヤ)まずして曰く、「苦厄を救はん者は、唯仏世尊のみなり。」
 便ち仏の所に至り、稽首伏地して、仏に帰依したてまつる。未だ起きざる間に、其の命便ち終って驢胎(ロタイ)に生ず。
 母の驢、鞚(クツワ)断たれて陶家(トウカ)の坏器を破る。器主之を打つ。遂に其の胎を傷つけ、天帝の身中に還り入る。
 仏言(ノタマ)はく、
「殞命(インミョウ)の際、三宝に帰依す、罪対已(スデ)に畢(オワ)りぬ。」
 天帝之を聞き、初果を得 たり。

 

【現代語訳】
 法句経には次のように説かれている。
 昔ある帝釈天が、自分の命が終ると来世は驢馬に生まれることを知って、憂い悲しんで言った。
「私のこの苦難を救ってくれるものは仏(釈尊)しかいない。」と。
 そこですぐに仏の所に行き、地に伏して礼拝し、仏に帰依した。帝釈天は、礼拝からまだ起き上がらない間に命が終り、驢馬の胎内に生まれた。
 すると、母の驢馬の手綱が切れて瀬戸物屋の陶器を壊し、店屋の主が怒って驢馬を打った。それで驢馬の胎が傷ついて、また帝釈天の身に帰ることが出来た。
 そこで仏が言われるには、
「命を落とす際に三宝(仏陀、仏法、僧団)に帰依したので、罪に対することが終ったのである。」と。
 帝釈天はこの言葉を聞いて、聖者の最初の悟りを得た。
 

《ある帝釈天が、生まれ変わる時に、ロバになりそうだと知って、仏に懇願し帰依したところ、その功徳でロバに生まれず、再び帝釈天として生まれることができた、という話です。
 帝釈天なら、仏教の守護神であるはずですから、とっくに帰依していたのではないかと思うのですが、そうでない帝釈天もあるのでしょうか。
 「遂に其の胎を傷つけ、天帝の身中に還り入る」は、何が「還り入る」のか、分かりにくいのですが、「命が」とでも考えるのでしょうか。ただ、命と形、精神と肉体というような分類は、仏教では取らないように書かれてあったと思うのですが、…(「辨道話」第十四章)。》


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