『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

十一

2 世尊の所説、はかるべからざる

しるべし、出家して禁戒を破すといへども、在家にて戒をやぶらざるにはすぐれたり。帰仏かならず出家受戒すぐれたるべし。出家をすすむる果報、閻魔王にもすぐれ、輪王にもすぐれ、帝釈にもすぐれたり。
 たとひ毘舎(ビシャ)、首陀羅(シュダラ)なれども、出家すれば刹利(セツリ)にもすぐるべし。なほ閻魔王にもすぐれ、輪王にもすぐれ、帝釈にもすぐる。在家戒かくのごとくならず、ゆゑに出家すべし。
 しるべし、世尊の所説、はかるべからざるを。世尊および五百大阿羅漢、ひろくあつめたり。まことにしりぬ、仏法におきて道理あきらかなるべしといふこと。
 一聖(イッショウ)、三明(サンミョウ)六通の智慧、なほ近代の凡師のはかるべきにあらず、いはんや五百の聖者をや。近代の凡師らがしらざるところをしり、みざるところをみ、きはめざるところをきはめたりといへども、凡師らがしれるところ、しらざるにあらず。しかあれば、凡師の黒闇愚鈍の説をもて、聖者三明の言に比類することなかれ。
 婆(バシャ)一百二十に云(イハ)く、「発心出家するすら、尚聖者と名づく、況や忍法を得んをや。」 しるべし、発心出家すれば聖者となづくるなり。
 

【現代語訳】
 知ることです、出家して禁戒を破っても、在家で戒を破らない人よりは勝れているのです。これは、仏に帰依するには出家受戒が最も勝れているということです。又、出家を勧める人の果報は、閻魔王よりも勝れ、輪王よりも勝れ、帝釈天よりも勝れているのです。
 たとえ庶民や身分の低い者であっても、出家すれば王族よりも勝れているのです。さらに閻魔王よりも勝れ、輪王よりも勝れ、帝釈天よりも勝れているのです。在家の戒はそうではありません。ですから出家をしなさい。
 知ることです、釈尊の説いた教えは推し量れないことを。そこで、世尊と五百人の大阿羅漢たちは教えを広く集めました。実にこれにより仏法の道理が明らかになったことが知られます。
 一人の聖者の三明六通(物事を見通す三つの智慧と六つの力)の智慧でも、近頃の凡庸な師には推し量れるものではありません。まして五百人の聖者の智慧など考えも及ばないことでしょう。これらの聖者は、近頃の凡庸な師たちの知らないところを知り、見ていない所を見、究めていない所を究めてはいても、凡庸な師たちの知る所を知らないわけではありません。ですから、凡庸な師の暗愚な説を、智慧ある聖者の言葉と混同してはいけません。
 「毘婆沙論」一百二十に説かれています。「仏道に発心出家するだけで聖者と呼ぶ、まして無生の悟りを得た者はなおさらである。」と。知ることです、発心出家すれば聖者と呼ぶのです。
 

《前節の『大毘婆沙論』の言葉について禅師が解説、敷衍して、出家の意義を説きます。その要点は「しるべし、世尊の所説、はかるべからざるを」にあると思われます。そして「近代の凡師のはかるべきにあらず」と言われてしまうと、もとより「凡師」でさえない私としては、とりつく島がないような気がします。
 「出家して禁戒を破すといへども、在家にて戒をやぶらざるにはすぐれたり」と言えるのはなにゆえなのか、もう少し語ってもらいたい、…。
 しかし翻って考えれば、お前のような人間は、どんなに語ってやっても、どこまでも何故、どうして、と問い続けるだけだろう、と言われるような気もします。
 小学校の頃、何故という疑問を持つことが大切だと言われました。自分の疑問を持つことが自己の成長にとって不可欠のこととされ、後にそれは問題意識という言葉に代わりました。
 しかし、例えば自然科学において、「何故」を三回問い続けると、大抵の疑問は行き詰まるという話を聞いたことがありますが、どこまでも「何故」と問い続けることは、究極においてはあまり意味のあることではないのかも知れません。
 どこかで疑問を発することを立ち止まって、大いなるものの前に全面的にぬかずくことが必要なのかも知れません。
 少なくとも、どこかでそうする覚悟を持った上で問わなければならない、ということはあるような気がしますが、それは実は勇気のいることでもあります。》


にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

1 

 古聖(コショウ)(イハ)く、「出家の人は、禁戒を破ると雖も、猶在俗にして戒を受持せる者に勝れり。故に経に偏(ヒトエ)に説かく、人を勧めて出家せしむる、其の恩報じ難し。
 復次に出家を勧むる者は、即ち是れ人に尊重業(ソンジュウゴウ)を修することを勧む。所得の果報は、閻魔王、輪王、帝釈にも勝れたり。
 故に経に偏に説かく、人を勧めて出家せしむる、其の恩報じかたし。人に近事戒(コンジカイ)等を受持せよと勧むるは、是の如きの事無し。故に経に証せず。」
 

【現代語訳】
 昔の聖者の言葉に、
「出家の人は、たとえ禁戒を破っても、まだ在家で戒を保つ者よりは勝れている。故に経はもっぱら説いている、人に勧めて出家させれば、その恩は報い難い。
 また、出家を勧める者は、人に尊重すべき善行を勧めているのである。その者の果報は、罪を裁く閻魔王や世界を治める輪王、三十三天にあって地上を支配する帝釈天よりも勝れている。
 故に経はもっぱら説いている、人に勧めて出家させれば、その恩は報い難いと。人に在家の戒などを保つことを勧めても、そのような事は無いのである。故に経には在家の戒などが優れていることを証明していない。」と。
 

《ここも原文は漢文で、『大毘婆沙論』という経典にある言葉だそうです(『全訳注』)。
 出家の人は、禁戒を破ると雖も、猶在俗にして戒を受持せる者に勝れり」という断定は他のところでも語られていたと思いますが、やはり目を引きます。現代においても、一般に僧侶に対しては、社会生活における具体的な優位性は特にないにもかかわらず、無条件にある種の敬意がはらわれているように思われますが、それは、どこかの段階でこういう考え方が定着したのかも知れません。
 出家であること自体が、その理由や動機、その内容の如何を問わず、直ちにその人の価値となる、というような事柄は、他にはあまりないように思われます。
 当人にとってさえそうなのですから、まして、他人を出家させれば、その価値は倍増するのでしょう。勿論それは、自分が出家した上でのことでしょうが。》


にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

五無間業

 この五無間業を、なにによりて無間業となづく。そのゆゑ五あり。
 一には、果に趣くこと無間なるが故に、無間と名づく。此の身を捨て已りて、次の身に即ち受くるが故に、無間と名づく。
 二には、苦を受くること無間なるが故に、無間と名づく。逆の罪は阿鼻獄に生まれて、一劫の中に受苦相続して、楽間有ること無し。因って果に従いて称して無間業と名づく。
 三には、時量無間なるが故に、無間と名づく。五逆の罪は阿鼻獄に生まれて、決定して一劫時不断なるが故に、故に無間と名づく。
 四には、寿命無間なるが故に、無間と名づく。五逆の罪は阿鼻獄に生まれて、一劫の中に寿命絶ゆること無し。因って果に従いて称名(ナヅケ)て無間となす。
 五には、身形(シンギョウ)無間なるが故に、無間と名づく。
 五逆の罪は阿鼻獄に生まる。阿鼻地獄は、縦広(タテヨコ)八万四千由旬(ユジュン)、一人中に入るも身亦遍満し、一切人入るも身亦遍満して、相障礙(ショウゲ)せず。因って果に従いて号名(ナヅケ)て無間と曰ふ。
 

【現代語訳】
 この五無間業(無間地獄に堕ちる五つの罪業)を、なぜ無間業と言うのかといえば、それには五つの理由があります。
 一には、果へ間無しに赴くので無間という。今生の身を捨ててから、次生の身に直ちに果を受けるので無間というのです。
 二には、苦を絶え間なく受けるので無間という。五逆の罪を犯せば阿鼻地獄に生まれ、一劫という長期間 苦を受け続けて楽な時がない。このような果を受けることから無間業というのです。
 三には、時に限りが無いので無間という。五逆の罪を犯せば阿鼻地獄に生まれて、必ず一劫という長期間終わることがないので無間というのです。
 四には、寿命に終りがないので無間という。五逆の罪を犯せば阿鼻地獄に生まれて、一劫という長期間寿命は絶えることがない。このような果を受けることから無間というのです。
 五には、身体に隙間が無いので無間という。
 五逆の罪を犯せば阿鼻地獄に生まれる。阿鼻地獄は、縦横八万四千由旬(由旬はインドの里程。くびきを牛に付けて一日に旅行しうる距離)といわれ、一人中に入っても身体がいっぱいになり、全ての人が入っても身体がいっぱいになって、互いに妨げ合うことが無い。このような果を受けることから無間というのです。
 

《紛らわしいのですが、「無間業」自体が五つあって(第七章)、それを「無間業」と呼ぶ理由もまた五つある、と言います。
 その理由の一は悪業から苦を受けるまでの間がない、二は苦を受け続けて途切れることがない、三は期間の限定がない、と、ここまでは、なるほどと思いますが、四は三とどう違うのでしょうか。三は報いを受ける期間が無間(無限)であるのに対して、四はそこに身を置く当人の寿命もまた無限である、ということでしょうか。
 以上四つは時間の問題ですが、五はその報いを受ける身体に隙間がない、つまり体中あらゆるところにその報いを受ける、と言うようなことでしょうか。
 終わりの部分は、阿鼻地獄には空間がないということのようです。しかもそれは、一人が入っても一杯になり、多くの人が入っても同じように一杯になるという、不思議な空間です。いずれにしてもぎゅうぎゅう詰めの場所で、そのこと自体が地獄であるようです。
 なお、この一節は、『全訳注』、『提唱』には全くない内容です。》

3 達磨~21

 いまの見仏聞法(モンポウ)は、仏祖面々の行持よりきたれる慈恩なり。仏祖もし単伝せずば、いかにしてか今日にいたらん。
 一句の恩なほ報謝すべし、一法の恩なほ報謝すべし、いはんや正法眼蔵無上大法の大恩、これを報謝せざらんや。
 一日に無量恒河沙(ゴウガシャ)の身命、すてんことねがふべし。法のためにすてんかばねは、世世(セセ)のわれら、かへりて礼拝供養すべし。諸天龍神、ともに恭敬尊重(クギョウソンジュウ)し、守護讃嘆するところなり。道理それ必然なるがゆゑに。
 

【現代語訳】
 我々が今、仏に見えて法を聞くことが出来るのは、仏祖一人一人の修行によって、法が伝えられてきたお陰なのです。仏祖がもし、親しく法を伝えてこなければ、どうして今日まで伝わったでしょうか。
 ですから、仏祖の伝えてくれた一句の恩にも感謝することです。一法の恩にも感謝しなさい。まして正法眼蔵の無上の大法を伝えてくださった大恩に感謝せずにいられましょうか。
 法の為に、一日に限りない数の身命を捨てようと願いなさい。法の為に捨てた屍は、後の代々の我々が、かえって礼拝し供養することでしょう。天神たちや龍神たちも、共に敬い尊重して守護し讃嘆するのです。これは必然の道理なのです。
 

《禅師がどれほど達磨に対する思いが強いかということを物語る一節です。
 『行持』はそのことを「一文ごとに熱してきて、終わりには、反語的に、『報謝』の大事なることを強調している」と言い、さらに「そして『今日』(「こんにち」と読むのでしょう)こそ、行持を実現するための唯一の立場・足場であることを指摘しているのである。この覚悟の上に」以下のことが説かれていて、「一日の行持のもたらす功徳の無量・無上なるかを説いてやまない」と言いますが、それはあくまでも達磨の正法を伝えたという歴史的偉業に対して「礼拝供養」することであって、先にも触れましたが、達磨が至った境地そのものについてではない、ということが物足りなく思われます(第六章1節、第七章)。
 いや、あるいはその境地は、「正法眼蔵無上大法」としてすでに禅師の中に受け継がれているので改めて語るまでもなく、禅師の存在そのものが達磨の存在、達磨の境地の証明である、そしてその真髄が、例えば「現成公案」巻である、ということなのでしょうか。
 達磨から禅師へ、多くの祖師によって受け継がれてきた、いわば「貫く棒の如きもの」が意識されていると考えるのです。なるほど、そう考えれば、その「棒」の始祖に対する「恭敬尊重」の気持ちも理解できます。


にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

2 達磨~20

 むかし仏祖のかしこかりし、みな七宝千子をなげすて、玉殿朱楼をすみやかにすつ。涕唾(テイダ)のごとくみる。糞土のごとくみる。
 これらみな、古来の仏祖の古来の仏祖を報謝しきたれる知恩報恩の儀なり。
 病雀なほ恩をわすれず、三府の環(カン)よく報謝あり。
 窮亀なほ恩をわすれず、余不(ヨフ)の印よく報謝あり。
 かなしむべし、人面(ニンメン)ながら畜類よりも愚劣ならんことは。
 

【現代語訳】
 昔、仏祖は優れていたのは、皆、七種の珍宝や多くの子を投げ捨て、美しい宮殿楼閣を早々に捨てたことです。それらを涙や唾のように見、腐った土のように見たのです。
 これらは皆、古来の仏祖が古来の仏祖に報恩感謝してきた、恩を知り恩に報じるための方法なのです。
 楊宝に助けられた雀が恩を忘れずに、その子孫を三府に登らせて恩に報いた話があります。
 また、孔愉が余不亭で助けた亀が四度首を左に向けて去り、その後 孔愉が侯印を作ると、印の亀の首が三度鋳直させても三度とも左を向いて、亀は恩に報いたという話があります。
 悲しむべきことは、人の顔をしていながら畜類よりも愚劣であることです。
 

《「七宝」を捨てるのは分かるにしても、「千子」をも捨てなくてはならないということは、禅師の言葉だけではなく、仏教の世界ではよく言われる基本的な考え方のようですが、やはり理解に苦しみます。
  それはたしかに煩悩の元ではありますが、種の保存のために人間に付与された本質的な性質なのであって、それを否定することは究極的には種の保存を否定することであり、つまり人間の存在を否定することにならないでしょうか。人間の存在しないところに仏法が存在しても仕方がないわけで、そこのところが理解できません。
 「涕唾のごとくみる。糞土のごとくみる」と禅師は言いますが、それは端から見ればそう見えるというだけで、当人にとっては断腸の思いだったのではないか、と思ってしまいます。
 病雀、窮亀については、それぞれ逸話があるようですが、禅師はこういう話をどのくらい事実として信じていたのでしょうか。こういうおとぎ話は枚挙にいとまないほどですが、それを示して子供を諭すならいざ知らず、議論として「人面ながら畜類よりも愚劣」と言われては、人間も立つ瀬がないような気がします。
 もちろん、禅師が熱い気持ちでこれを語っているということは理解しなくてはなりません。ここは、そういう理屈は抜きにして、その熱い気持ちを汲んで、読み過ごすべきところだということです。
 とは言え、私の父は生前、渋谷のハチ公の像が嫌いで、犬に教えを受けなくてもいい、と言っていましたが、私にはその方がよく理解できます。ついでですが、犬は好きでしたが、私たちが飼い犬を戯れに部屋に連れて上がろうとしたときには、犬は犬として飼えと言って、許しませんでした。
 
 
これを初めてちょうど一年になりました。もう少し頑張ります。よろしくお願いいたします。



にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
  • ライブドアブログ