『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

十二

ひとり先師天童古仏のみ

 古徳云はく、
「今時(コンジ)多く還俗の者有り、王役(オウヤク)を畏憚(イタン)して、外道の中に入る。仏法の義を偸(ヌス)み、竊(ヒソ)かに荘老を解(ゲ)して、遂に混雑を成し、初心の孰(イヅ)れか正、孰れか邪なるを迷惑す。是を韋陀法(イダホウ)を発得するの見と為す。」
 しるべし、仏法と荘老と、いづれか正、いづれか邪をしらず、混雑するは、初心のともがらなり。いまの智円、正受(ショウジュ)等これなり。ただ愚昧のはなはだしきのみにあらず、稽古なきのいたり、顕然(ケンネン)なり、炳焉(ハイエン)なり。
 近日宋朝の僧徒、ひとりとしても、孔老は仏法におよばずとしれるともがらなし。名を仏祖の児孫にかれるともがら、稲麻竹葦(トウマチクイ)のごとく、九州の山野にみてりといふとも、孔老のほかに仏法すぐれいでたりと暁了(キョウリョウ)せる一人半人あるべからず。ひとり先師天童古仏のみ、仏法と孔老とひとつにあらずと暁了せり、昼夜に施設(セセツ)せり。
 経論師(キョウロンジ)また講者の名あれども、仏法はるかに孔老の辺(ホトリ)を勝出せりと暁了せるなし。近代一百年来の講者、おほく参禅学道のともがらの儀をまなび、その解会(ゲエ)をぬすまんとす、もともあやまれりといふべし。
 

【現代語訳】
 古聖の言うことには、
「この頃、多数還俗する者がいる。国王による懲役を恐れて、外道の中に入っているのである。そして仏法の教えを盗んで密かに荘子や老子を解釈し、遂にはそれを混ぜこぜにして、初心の者の正邪の分別を迷わせている。これを外道の法を起こす考えと言うのである。」と。
 このことから知りなさい、仏法と荘子老子の教えと、どちらが正しくどちらが正しくないかを知らず、混ぜこぜにしてしまうのは、初心の出家のすることであり、今の智円や正受などがまさにそうなのです。これはただ暗愚の甚だしいだけでなく、全く仏道を稽古しない結果であることは極めて明らかです。
 近頃の宋国の僧は、一人として、孔子老子の教えは仏法に及ばないと知っている者がいません。仏祖の児孫と言われる者たちは、数え切れないほど中国全土の山野に満ちていますが、孔子老子よりも、仏法が優れていることを明らかに知っている者は、一人も半人もいないのです。ただ一人、先師、天童如浄和尚だけが、仏法と孔子老子の教えは同じでないことを明らかに知り、それを昼夜に説いていたのです。
 経師、論師、また講師の名声ある者でも、仏法は遥かに孔子老子の教えを抜きん出ていることを、明らかに知っている人はいません。近代百年来の講師の多くが、参禅学道の出家の威儀を学んで、解明会得したことを盗もうとしたことは、いかにも誤りであったと言えます。
 

《最初の引用は「止観輔行伝弘決」という書からのものだそうで、したがって「古徳」はその著者湛然(中国天台宗第六祖のようです)ということになります(『全訳注』)。「711- 782年」(ウィキペディア)の人だそうですから、唐の中期ごろ、禅師よりも500年も前の話ということになりますが、ここに書かれたようなこが、すでにその頃からあったもののようです。
 「王役を畏憚して、外道の中に入る」云々がよく分かりませんが、『提唱』は「国家における国民の義務として様々の課税その他が掛けられるのをおそれ嫌って、仏教ではない、他の宗教に入り込んで」と言っています。そういう学堂・僧院に入ると免税されるというようなことがあったのでしょうか。そういう動機不純の人たちが、言葉面だけを学んで、様々な教えを都合よく組み合わせるようなことをしていた、ということかと思われます。
 そういう人たちなら、何か不都合なことがあれば、すぐに学問を投げ出すこともあったでしょう。
 また、三教一致論は政治的な意図を持って行われたようで(第六章2節)、しかも「その第1型は,修己・治人論を最も調和的に主張した儒教を中心的位置におき、道・仏の二教を左右に配して儒教の不備欠陥を補強させようとする」(コトバンク)というものだったようですから、当時、仏教を見限って「還俗」する者も多くいたのかも知れません。もっとも、三教一致説は日本の江戸期にも行われていて、その時は逆に多くは仏教者から主張されたのだそうです(同)。
 さて、その湛然が「混雑を成し、初心の孰れか正、孰れか邪なるを迷惑す」と言っているとおりだと禅師は言い、禅師が訪れた宋代の中国は、師・如浄を除いて「ひとりとしても、孔老は仏法におよばずとしれるともがらなし」という案配だったと言います。》

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未曾有経~毗摩大国徙陀山の中に、一の野干あり ~1

未曾有経(ミゾウウキョウ)に云(イハ)く、
 仏言(ノタマ)はく、過去無数劫(ムシュコウ)の時を憶念(オクネン)するに、毗摩大(ビマタイ)国徙陀山(シダセン)の中に、一の野干(ヤカン)あり。而も師子(シシ)の為に逐(オ)はれて、食(ク)はれなんとす。奔走して井に堕ち、出づること得る能はず。
 三日を経るに開心して死を分(ワキマ)へ、而も偈を説いて言はく、
「禍ひなる哉、今日苦に逼(セマ)られて、
 便ち当に命を丘井(キュウセイ)に没(モッ)せんとす。
 一切万物皆無常なり、
 恨むらくは身を以て師子に飴(ク)らはさざりしことを。
 南無帰依十方仏、我が心浄にして己(オノ)れ無きことを表知したまへ。」

時に天帝釈、仏の名(ミナ)を聞いて粛然として毛豎(タ)ち、古仏を念(オモ)ふ。自ら惟(オモ)ふらく、「孤露にして導師無く、五欲に耽著(タンジャク)して自ら沈没(チンモツ)す。」と。
 即ち諸天八万衆と与(トモ)に、飛下(ヒゲ)して井に詣(イタ)り、問詰せんと欲(オモ)ふ。乃ち野干の井底(セイテイ)に在りて、両手もて土を攀(ヨ)づれども出づること得ざるを見る。
 天帝、復自ら思念して言はく、
「聖人(ショウニン)応に方術無からんと念(オモ)ふべし。我今野干の形を見ると雖も、斯(コ)れ必ず菩薩にして凡器に非ざらん。仁者(ニンジャ)向説するは凡言(ボンゴン)に非ず、願はくは諸天の為に法要を説きたまへ。」
 時に野干、仰いで答へて曰く、
「汝、天帝として教訓無し、法師(ホッシ)は下に在りて自らは上に処(オ)る、都(スベ)て敬を修(シュ)せずして法要を問う。法水清浄(ホッスイショウジョウ)にして能く人を済(スク)ふ、云何(イカン)が自ら貢高なることを得んと欲(オモ)ふや。」
 天帝、是を聞いて大いに慚愧(ザンギ)す。
 給侍の諸天愕然として笑ふ、「天王降趾(コウシ)すれども大いに利無し。」と。
 天帝、即時に諸天に告ぐ、
「慎んで此れを以て驚怖を懐くこと勿れ、是我頑蔽(ガンペイ)にして徳称はず、必ず当に是に因って法要を聞くべし。」
 即ち為に天の宝衣(ホウエ)を垂下(スイゲ)して、野干を接取して上に出だす。諸天為に甘露の食(ジキ)を設け、野干食することを得て活望(カツモウ)を生ず。
 意(オモ)はざりき、禍中に斯(コ)の福を致さんとは。心に踴躍(ユヤク)を懐きて慶ぶこと無量なり。野干、天帝及び諸天の為に、広く法要を説く。
 

【現代語訳】
 未曾有経には次のように説かれている。
 仏(釈尊)は言われた、遥か遠い昔、毗摩大国の徙陀山の山中に一匹の狐がいた。ある日、その狐は獅子に追われて食われそうになった。彼は逃げ回って井戸に落ち、出られなくなった。そうして三日がたち、彼は死を覚悟して次のような詩句を唱えた。
「なんという災難であろうか。私は今日にも苦しんで、井戸の中で命を落とすことであろう。この世のすべてのものは皆無常である。今になって残念に思うことは、この身を飢えた獅子に施して食わせなかったことである。私は心からすべての仏たちに帰依いたします。どうか私の心に汚れなく私心のないことをお察しください。」と。
 その時に帝釈天は、仏の名を称える声を聞いて粛然として毛が立ち、いにしえの仏たちのことを思った。そして自らを省みて、「私は孤独で導いてくれる師も無く、様々な欲に引かれて自ら欲に溺れている。」と思った。
 そこで八万の様々な天神たちと共に、下界に飛び下りて井戸に行き、声の主に教えを問いただそうとした。すると狐が井戸の底にいて、両手で土を攀じ上ろうとしても出られない様を見た。
 そこで帝釈天はまた次のように考えた。
「この聖人は、おそらく井戸を抜け出す方法は無いと観念しているのであろう。私は今、狐の姿を見ているが、これはきっと菩薩であり、凡庸な器量の持ち主ではない。」と。
 そこで彼に呼び掛けた。「あなたの先ほどの言葉は凡人の言葉ではありません、どうか我等多くの天神のために仏法の要旨を説いてください。」と。
 その時に狐は井戸の底から仰いで答えた。
「あなたは帝釈天でありながら教養が身についていません。何故なら法を説く師が下に居り、あなた自身は上にいて、師に対してまったく敬意なく法を尋ねているからです。仏法の甘露の水は清浄でよく人々を救うものです。あなたはどうして自ら尊大に構えたがるのですか。」と。
 帝釈天は彼の言葉を聞いて深く自らを恥じた。それを聞いたお供の天神たちは驚いて笑って言った。「はるばる天界の王が天から降りてやって来たが、大して利益はなかった。」と。
 帝釈天は、そこで諸々の天神たちに告げた。
「天神たちよ、決してこのようなことで驚いてはいけない。これは私が愚かで徳が無いからである。必ず彼から法を聞かねばならない。」と。
 そこで、狐のために宝玉をちりばめた天衣を下げ降ろし、狐を引き上げて井戸の上に出した。そして天神たちは狐のために御馳走を設け、狐は食べることによって元気を取り戻した。
 狐は災難の中でこのような福が得られるとは思いもしなかったので、心は勇躍し喜びは無量であった。そこで狐は、帝釈天や多くの天神たちのために、様々に仏法を説いたのである。」と。
 

《少し長くなりましたが、以上が引用されたエピソードです。
 野狐が死地に臨んで大変なことを言いました。その一つは「一切万物皆無常なり」です。「奔走して井に堕ち」たにしては、ずいぶん達観した感じで、そんな悠長なことを言っている場合かと思ってしまいますが、そういうキツネもたまにはいるかもしれません。
 しかし、さらに驚くべきは、「恨むらくは身を以て師子に飴らはさざりしことを」で、こんなふうに穴の底で朽ち果てるくらいなら、せめて獅子の飢えを満たしてやればよかった、というのですが、自分をこういう事態に追い込んだ相手に対して、なかなかそういうふうには思えません。
 そういう「偈を説」いて、最後に「南無帰依十方仏、我が心浄にして己れ無きことを表知したまへ」と唱えました。
 このすべてが善根となったのでしょう、帝釈天の心を打って、救いの手を得たのでしたが、やってきた帝釈天が助ける前に穴の上から声をかけたことにキツネは毅然としてその非礼をとがめました。
 ところで、この話において、このキツネはどうしてキツネでなければならなかったのでしょか。普通に一人の僧侶でもそのまま話が進みそうで、むしろその方が自然な話になって、リアリテイも増したのではないか、…。
 以下に禅師の解説です。もちろん、そのことは問題にされません。


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五百大願

 釈迦牟尼仏、五百大願の中の第一百三十七願、
「我 未来に正覚を成じ已(オワ)りて、或は諸人有りて、我法の中に於いて出家せんと欲する者には、願わくは障礙(ショウゲ)無からんことを。所謂羸劣(ルイレツ) 失念狂乱 驕慢にして畏懼(イク)有ること無く、癡にして智慧無く、諸の結使(ケッシ)多く、其の心散乱なり。若し爾(シカ)らざれば正覚(ショウガク)を成ぜじ。」
現代語訳】
 釈迦牟尼仏の五百大願の中の、第一百三十七願、
「私が未来に仏の悟りを得てから、もし人々が私の法の中で出家したいと望めば、私はその障害をなくしてあげたいと思う。出家の障害とは、根気がなく教えを忘れやすいこと、心が乱れ狂うこと、驕慢の心をおこし畏れ慎みがないこと、愚かで智慧がなく、多くの煩悩によって心が散乱することである。もしその障害を除くことが出来なければ、私は決して仏の悟りに入ることはない。」 

一百三十八願、
「我 未来に正覚を成じ已りて、若し女人有りて、我法に於いて出家学道し、大戒を受けんと欲する者には、願わくは成就せしめん。若し爾らざれば正覚を成ぜじ。」
【現代語訳】
【現代語訳】
第一百三十八願、
「私が未来に仏の悟りを得てから、もし女人の中で私の法によって出家学道し、大戒を受けたいと望む者があれば、私はその望みをかなえてあげたいと思う。もしそれが出来なければ、私は決して仏の悟りに入ることはない。」 

第三百十四願、
「我 未来に正覚を成じ已りて、若し衆生有りて、善根少なからんに、善根の中に於いて、心に愛楽(アイギョウ)を生ぜば、我当に其れをして、未来世に於いて、仏法の中に在りて、出家学道せしむべし。安止して梵浄(ボンジョウ)の十戒に住せしめん。若し爾らざれば正覚を成ぜじ。」
【現代語訳】
第三百十四願、
「私が未来に仏の悟りを得てから、もし人々に善根が少なくても、善根を心から願い求める者があれば、私はその者を、来世には仏法の中で出家学道させよう。そして出家の生活に安らいで清浄な十戒を保つようにしてあげよう。もしそれが出来なければ、私は決して仏の悟りに入ることはない。」 

 しるべし、いま出家する善男子善女人、みな世尊の往昔(オウシャク)の大願力にたすけられて、さはりなく出家受戒することをえたり。如来すでに誓願して出家せしめまします。
 あきらかにしりぬ 最尊最上の大功徳なりといふことを。
【現代語訳】
 知ることです、このように、今日出家した善男子善女人は、皆釈尊の昔の大願力に助けられて、障り無く出家受戒することが出来たのです。このように、如来はすでに誓願して皆を出家させたのです。明らかに知られることは、出家受戒は最尊最上の大功徳であるということです。

《読む便宜のために、いつもと違う書き方にしました。
 初めに挙げられた三つの「願」は「大方等大集経」からの引用だそうで、そこには釈尊の「発菩提心」、すなわち「自未得度先度他」の覚悟と自信が語られています。
 禅師は、遠い昔に釈尊のこの思いがあったればこそ、今、私たちは出家することができるのだ、と説いているようです。そして、それによって人々は出家し、さらに後に続く人々の出家を促します。
 禅師の目には、目に見えぬ縁に導かれて次々に出家得度する、「最尊最上の」人の長い列が見えていたということでしょうか。
 今ふと平山郁夫の絵を思い出しました。月夜の中をらくだに乗って黙々と歩む隊商の列の姿には、崇高な使命への信念と覚悟が感じられるような気がします。》


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2 順後次受業~3 

 この恒修善行(ゴウシュゼンギョウ)のひと、順後次受のさだめてうくべきが、わがみにありけるとおもふのみにあらず、さらにすすみておもはく、一身の修善(シュゼン)も、またさだめてのちにうくべし。ふかく歓喜すとはこれなり。
 この憶念まことなるがゆゑに、地獄の中有すなはちかくれて、天趣の中有たちまちに現前して、いのちをはりて天上にうまる。
 この人もし悪人ならば、命終(ミョウジュウ)のとき、地獄の中有現前せば、おもふべし、「われ一身の修善、その功徳なし、善悪あらんには、いかでかわれ地獄の中有をみん。」このとき因果を撥無(ハツム)し、三宝を毀謗(キボウ)せん。
 もしかくのごとくならば、すなはち命終し、地獄におつべし。かくのごとくならざるによりて、天上にうまるるなり。この道理、あきらめしるべし。
 

【現代語訳】
 この常に善行を修めた人は、順後次受の報いを必ず受ける悪業が自分自身にあったと思うばかりでなく、更に、一身に修めた善行の果報も必ず後に受けるだろう、と思ったのです。この人が深く喜んだ理由はこれなのです。
 この思い起こした事が事実だったので、地獄の中有はすぐに消えて、天界の中有がたちまち現れ、命が終わると天上界に生まれました。
 この人がもし悪人なら、命の終わる時に地獄の中有が現れれば思うことでしょう。「私が一身に修めた善行には功徳がなかった。善悪というものがあれば、どうして私が地獄の中有を見ることになるのか。」と。この時に因果の道理を否定し、三宝(仏と法と僧)を謗ることでしょう。
 もしそのようであれば、命が終わって地獄に堕ちることでしょう。この人はそのように思わなかったので、天上界に生まれたのです。この道理を明らかに知りなさい。
 

《前節で、彼が「歓喜」したわけは、次のようです。
 今死に臨んで、自分の前世の悪のために地獄への道が示されたということは、「順後次受業」が過ち無く行われるということなのだから、今の目の前の地獄さえ終われば、さらにその次の生においては、きっと現世でのその善行の報いを受けるに違いない、…。
 彼が「順後次受」という仏の教えをまっすぐに信じたという善行は、彼が現世において積んだ善行以上にひときわ大きな善行であったので、眼前にあった「地獄の中有」はかき消えて、そのまますぐに「天上にうまる」という報いを生みました。
 ということは、このこと自体は「順次生受業」ということになりそうで、ちょっとややこしいところです。
 ともあれ、ここでは仏の教えを信じるということの大切さがその要点であるわけです。因果を信じ、その教えに従順であること、それこそが善行の最たるものであるのです。


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順後次受業

 「第三に順後次受業とは謂(イワ)く、若し業(ゴウ)を此の生(ショウ)に造作し増長して、第三生に随ひ、或いは第四生に随ひ、或いは復此れを過ぎて、百千劫なりと雖も、異熟果を受くる、是を順後次受業と名づく。」
 いはく、人ありて、この生に、あるいは善にもあれ、あるいは悪にもあれ、造作しをはれりといへども、あるいは第三生、あるいは第四生、乃至百千生のあいだにも、善悪の業を感ずるを、順後次受業となづく。
 菩薩の三祇劫(サンギゴウ)の功徳、おほく順後次受業なり。かくのごとくの道理しらざるがごときは、行者おほく疑心をいだく。いまの闍夜多(シャヤタ)尊者の在家のときのごとし。もし鳩摩羅多(クモラタ)尊者にあはずば、その疑ひとけがたからん。
 行者もし思惟(シユイ)それ善なれば、悪すなはち滅す。それ悪思惟すれば、善すみやかに滅するなり。
 

【現代語訳】
 「三時業の第三、順後次受業とは、もし善悪の業(行い)を今生に積み重ねて、その果報を第三生(次の次の生)の中に、或いは第四生(更に次の生)の中に、或いは更に後の百千劫の中に受ければ、これを順後次受業と名づける。」
 人が今生に於いて、善事であれ悪事であれ為し終わっても、或いは第三生に、或いは第四生に、又は百千生の間に於いて、善悪業を感受することを順後次受業というのです。
 菩薩の三祇劫(三阿僧祇劫。阿僧祇劫は数え切れない極大の時間)に亘る修行の功徳は、その多くが順後次受業です。この道理を知らなければ、修行者の多くは因果の道理に疑心を抱くことでしょう。先ほどの闍夜多尊者の在家の時のように、です。彼がもし鳩摩羅多尊者に会わなければ、その疑問は解けなかったことでしょう。
 修行者がもし善を思えば悪はすぐに無くなり、悪を思えば善はすぐに無くなるのです。
 

《ここから再び『全訳注』の文と合流しますので、ちょっと安心です。
 例によって、初めの一文は漢文で『景徳伝燈録』からの引用、「いはく、人ありて」以下が禅師の解説です。
 この巻は、闍夜多尊者の、我が家は三宝を大事にしているのに病がちで、隣の家は賤業を営みながら息災であるのは、どういう理由に依るのか、という質問から説き起こされてきたのでした(巻頭)。
 そしてついに、善悪の業の報いは「第三生、あるいは第四生、乃至百千生のあいだにも」及ぶことがあるのだという教えに達します。
 こういうふうに、現世での行いの因果が未来永劫に及ぶという考え方で説かれると、私としては、黙ってしまうしかありません。私の前世は知りようがなく、また私の後世も知りようがないからです。そこでは因果が自覚されません。ただ因果があるのだと思う、信じるしかないわけですが、それができる時にしか、救いはない、ということなのでしょうか。「見ずに信じる者は幸いです」(「ヨハネの福音書」20章29節)という言葉もあるのですが、…。
 最後の「行者もし…」は謎のような言葉ですが、次から二章に分けてその意味が説かれます。


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