『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

十三

2 剃髪染衣すれば

仏の言く、「若し衆生有りて我が出家と為り、鬚髪を剃除し、袈裟を被服せば、設(タト)ひ戒を持せざるとも、彼等悉く已(スデニ)涅槃(ネハン)の印の為に印せらる也。
 若し復出家して、戒を持せざる者も、非法を以て悩乱罵辱(メニク)毀呰(キシ)を作(ナ)し、手に刀杖を以て打縛(ダバク)斫截(シャクセツ)し、若しは衣鉢を奪ひ、及び種々の資生の具を奪ふ者有らば、是の人則三世諸仏の真実の報身を壊し、則一切人天の眼目(ガンモク)を挑(クジ)るなり。
 是の人 諸仏所有の正法、三宝の種を隠没(オンモツ)せんと欲するが為の故に、諸天人をして利益(リヤク)を得ず、地獄に堕せしむるが故に、三悪道増長し盈満(エイマン)するが為のゆえに。」
 しるべし、剃髪染衣すれば、たとひ不持戒なれども、無上大涅槃の印のために印せらるるなり。ひとこれを悩乱すれば、三世諸仏の報身を壊するなり、逆罪とおなじかるべし。
 あきらかにしりぬ、出家の功徳、ただちに三世諸仏にちかしといふことを。
 

【現代語訳】
 釈尊が言うことには、「もし、人々が私を拠り所にして出家となり、髪を剃り落として袈裟を着ければ、たとえ戒を守っていなくても、彼等は皆、涅槃(煩悩の消滅した安らかな悟り)に至ることが約束されるのである。
 又、出家して戒を守らない者であっても、仏法に反していると誹謗したり、杖や刀で危害を加えたり、衣鉢や生活の道具を奪うなどする者があれば、この人は三世の諸仏の真実の仏身を壊し、人間界天上界の指導者を害しているのである。
 この人の行いは、諸仏の正法や、三宝(仏 僧という宝)の種を無くそうとする行為なので、天人たちの利益を得られず、地獄に堕ちて三悪道が増長し満ちるのである。」と。
 この釈尊の言葉から知りなさい、髪を剃り衣を染めて出家すれば、たとえ戒を守っていなくても、無上の大涅槃の悟りが約束されるのです。人がこの者を誹謗すれば、三世の諸仏の成就した仏身を壊してしまうのです。それは逆罪(殺父、殺母、殺阿羅漢、破和合僧、出仏身血など)を犯すことと同じなのです。
 明らかに知られることは、出家の功徳は、すぐに三世の諸仏に近くなるということです。
 

《この頃、このあたりを読みながら、ずっと思っていることがあります。それは、ここで説かれているのは、出家の功徳そのものではなくて、これから出家しようとする人、または出家はしたもののまだ迷いがあって後悔しそうになっている人への激励なのではなかろうか、ということです。
 その道を選んで大丈夫だよ、脇見をしないで進みなさい、先師たちもこのように保証している、…。
 しかし、もし私が禅師の前にいることができたのだったら、私は次のようなことを訊ねたいのです。
 出家したら、私は今とどう変わるのでしょうか。どういう景色が見えるのでしょうか、「無上大涅槃」とは一体どのような状態なのでしょうか、…。
 おそらくそれは、お前が自身でやってみるしかない、と言われるでしょう。いや、その前に、臨済の「六十棒」(『行持』第三十章1節)の数倍の棒をいただくことになるか、直ちに破門となるか、または無視されるか、…。気の利いた人なら、「六十棒」を受ければ、そこではっと悟るのでしょうが、残念ながら私はそうはいかないだろうなあと、我が身を振り返ります。
 それでも、そういう境地に憧れはあるのですが、…。》



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1 不受戒者

 仏の言(ノタマ)はく、「及び我に依りて鬚髪(シュホツ)を剃除(テイジョ)し、袈裟の片を著(ヂャク)して戒を受けざる者有らんに、是の人を供養せば、亦(マタ)乃至(ナイシ) 無畏城(ムイジョウ)に入ることを得ん。是の縁を以ての故に、我是の如く説く。」
あきらかにしる、剃除鬚髪して袈裟を著せば、戒をうけずといふとも、これを供養せん人、無畏城にいらん。
 又云はく、「若し復(マタ)人有りて、我が出家と為り、禁戒を得ざるも、鬚髪を剃除し袈裟の片を著せんに、非法を以て此れを悩害せん者有らば、乃至三世諸仏の法身(ホッシン)報身を破壊(ハエ)す。乃至三悪道に盈満(エイマン)するが故に。」
 

【現代語訳】
 釈尊が言うことには、「私を拠り所にして髪を剃り袈裟を着けて、出家の戒を受けていない者もいるが、この人でも供養すれば、遂には畏れのない堅固な心を得ることができる。このような因縁があるので、私はこのように出家の功徳を説くのである。」と。
 この言葉から明らかに知られることは、髪を剃り袈裟を着けた者であれば、その者が出家の戒を受けていなくても、これを供養する人には、畏れのない堅固な心が得られるであろうということです。
 また言うには、「又、私を拠り所にして出家となり、禁戒を受けずに髪を剃り落として袈裟を着ける人を、仏法に反していると誹謗する者は、遂には三世(過去世、現在世、未来世)の諸仏の法身、諸仏の成就した仏身を壊してしまうであろう。遂には三悪道(地獄餓鬼畜生)に堕ちる因が満ちるからである。」と。
 

《「鬚髪を剃除し、袈裟の片を著」してはいるが、まだきちんと戒を受けていない、そういう人でも、その者を「供養」すれば、それによって、その「供養」した人は「無畏城にいらん」、つまり悟りの境地に至れるであろう、…。
 髪を剃り、袈裟を身につけるというのは出家の意思を示すことですが、それだけで、戒を受けずとも、また悟道に至らずとも、その人は出家者として扱われるのであって、そういう人を供養すれば、それは仏を供養するのと同じ功徳があるのだ、ということのようです。
 先に「出家して禁戒を破すといへども、在家にて戒をやぶらざるにはすぐれたり」(第十一章2節)とありましたが、「出家して禁戒を破」しても大丈夫なくらいですから、「破」す前の「戒を受けざる」ことなど問題ではない、ということでしょうか。
 逆に、そういう人を「非法を以て此れを悩害」したりすれば、地獄に落ちるであろう、…。
 先に「ただ修証していること、また坐禅している姿が『即心是仏』なのだ」というふうに考えてみたことがありました(「即心是仏」巻第七章1節)が、それと同じように、悟りの深浅はあるとしても、住む世界は仏の世界なのだと考えるのでしょう。
 「出家」というのはそれほど尊いのであって、その意思を示しただけで仏と同じ平面に立つことになるのだという教えのようです。》

  都合により、明日は休載します。


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1 順後次受業~2 修善行の者

1 室羅筏(シラバ)国に昔二(フタリ)の人有り、一(ヒトリ)は恒に善を修し一は常に悪を作す。修善行(シュゼンギョウ)の者は一身の中に於いて恒に善行を修し未だ嘗て悪を作さず。作悪行(サアクギョウ)の者は一身の中に於いて常に悪行を作し未だ嘗て善を修せず。
 善行を修するもの、臨命終の時、順後次受の悪業力(アクゴウリキ)の故に、欻(タチマチ)に地獄の中有(チュウウ)ありて現前す。
 便ち是の念を作さく。「我が一身の中に、恒に善行を修して、未だ嘗て悪を作さず。応に天趣に生ずべし。何の縁にて此の中有ありて現前するや。」
 遂に念を起こして言(イワ)く、「我定んで応に順後次受の悪業有りて、今熟すが故に、此の地獄の中有現前せるならん。」
 即ち自ら一身より已来(コノカタ)修する所の善業を憶念して深く歓喜を生ず。
 勝善思現在前するに由るが故に、地獄の中有は即便(スナワチ)ち陰歿(オンモツ)して、天趣の中有欻爾(タチマチ)に現前し、此れ従り命終して天上に生ぜり。
 

【現代語訳】
 室羅筏国に昔、二人の人間がいました。一人は常に善を修め、もう一人は常に悪を為していました。善行を修める者は、一生の中に於いて常に善行を修して、未だ悪を為したことがありませんでした。また悪行を為す者は、一生の中に於いて常に悪行を為して、未だ善を修めたことがありませんでした。
 善行を修めた者は、命が終わる時になって、順後次受の悪業力のために、たちまち地獄の中有が目の前に現れました。
 そこで自ら思うに、「私は一生の中に常に善行を修めて、未だ悪を為したことは無い。それなら天界に生まれるはずである。何の因縁でこの地獄の中有が現れるのだろう。」と。
 そして思い至って言うに、「私にはきっと前世に順後次受の悪業があり、それが今熟して、この地獄の中有となって現れたのであろう。」と。
 そこで、自ら一生の中に修めた善業を思い起こして、深く喜びました。
 すると、優れた善の思いを起こしたことによって、地獄の中有はすぐに消え、天界の中有がたちまち現れて、その命が終わると天上界に生まれました。
 

《前章の終わりの謎の言葉を受けた例話で、まずはその中の「思惟それ善なれば、悪すなはち滅す」の例です。
 現世で悪をなしたことのない人が死に臨んで地獄への道を示されました。その不都合を、彼は一度は不審に思ったのですが、しかし自分の前々世において悪をなしたことがあって、今の世においてその報いを受ける(順後次受)のだろう、と考えました。
 そして自分が前世において悪をなさず、ひとえに善をなしてきたことを思って「歓喜」したのでした。
 すると、そのように大変優れたよい考えをまざまざと思ったことによって、さっきまで目の前にあった「地獄の中有」は消えて、彼は「天上」に生まれたのでした、…。
 途中、「作さく」と「定んで」が読めませんが、どうやら「なさく」、「さだんで」と読むようです。「為す」の体言化した形、「定めて」の音便形ということでしょうか。》


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二祖慧可~1

 真丹(シンタン)第二祖、太祖正宗普覚(ショウシュウフガク)大師は、神鬼(ジンキ)ともに嚮慕(キョウボ)す、道俗おなじく尊重(ソンジュウ)せし高徳の祖なり、曠達の士なり。伊洛に久居して群書を博覧す。くにのまれなりとするところ、人のあひがたきなり。
 法高徳重のゆゑに、神物倏見(ジンモツシュクケン)して、祖にかたりていふ、
「将(マサ)に受果を欲(オモ)はば、何ぞ此(ココ)に滞るや。大道遠きに匪(アラ)ず、汝其れ南へゆくべし。」
 あくる日、にわかに頭痛すること刺がごとし。其師(ソノシ)洛陽龍門香山宝静(コウザンホウジョウ)禅師、これを治せんとするときに、空中に声有りて曰く、
「此れは乃ち骨を換ふるなり、常の痛みに非ず。」
 祖、遂に見神の事を以て、師に白(モウ)す。師、其の頂骨を視るに、即ち五峰の秀出せるが如し。乃ち曰く、
「汝が相、吉祥(キチジョウ)なり、当に所証有るべし。神の汝南へゆけといふは、斯(ソ)れ則ち少林寺の達磨大士、必ず汝が師なり。」
 この(オシエ)をききて、祖すなはち少室峰に参ず。神(ジン)はみづからの久遠修道(クオンシュドウ)の守道神なり。
 

【現代語訳】
 中国の第二祖、太祖正宗普覚大師、神光慧可(エカ)は、神と鬼に慕われ、出家者と在家者から尊重された高徳の祖師であり、心の広い人物でした。伊洛に久しく住んで、さまざまな書物を学びました。この国でも希な優れた人物であり、会い難き人でした。
 仏法に優れ人徳に優れた人なので、ある日 神がにわかに現れて慧可に言いました。
「仏法の悟りを求めているのなら、どうしてここに居るのですか。大道は遠方ではありません。あなたは南へ行きなさい。」
 慧可は次の日、にわかに刺すような頭痛がしました。師の洛陽竜門の香山宝静禅師が、これを治そうとすると、空中から声がしました。
「これは骨を換えているのです。普通の痛みではありません。」
 そこで慧可は、前日 神に会ったことを師に話しました。師がその頭の骨を見てみると、それは五つの峰が秀でているようでした。そこで師は言いました。
「お前には吉祥の相が現れている。きっと悟る所があろう。神がお前に南へ行けと言ったということは、少林寺の達磨大師が、きっとお前の師に違いない。」
 この教えを聞いて、慧可は少室峰の達磨大師の所へ行きました。その時の神は、慧可自身の、永遠の修行の守り神でした。

 

《二十六人目は二祖慧可です。『行持』が、先の達磨の項の書き出しが「真丹初祖」であったことに対応していると指摘して「これによってわれわれは、前章の達磨と同じく、著者が、どのように、この第二祖慧可の行状を伝えているかに関心を注がれる」と言います。
 とは言え、実は達磨の場合、その「行状」はそれほど語られず、語られたのはむしろその業績の大きさなのでした。
 ところがここはいきなり、ある日突然頭の形が変わった、それも「五つの峰が秀でているよう」に骨の形からして変わった、という、思いがけないエピソードが語られます。
 それは不思議な語られ方です。
 まず先に、彼の「法高徳重」に感じた神が彼に南に行くことを勧める、ということがあって、その翌日、彼の頭の形が変わるという「吉祥」が現れ、そこで南へというのは達磨のところという意味だと教えたと言います。
 ということは、彼が優秀であることは分かっていたが、それだけでは達磨の元に行くには足りず、頭の構造変革が必要だった、というようなことなのでしょうか。
 「伊洛」(「伊水と洛水の二つの河水」(『行持』)から少林寺は、地図を見るとほぼ真東に当たり、南とは言えないように思われ、それも不思議ですが、ともあれ、彼は勧めに従って達磨の門をくぐります。




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2 法常~2

 師の坐禅には、八寸の鉄塔一基を頂上におく。如載(ニョザイ)宝冠なり。この塔を落地却(ラクチキャク)せしめざらんと功夫(クフウ)すれば、ねぶらざるなり。
 その塔、いま本山にあり、庫下(クカ)に交割(コウカツ)す。
 かくのごとく辨道すること、死にいたりて懈惓(ケゲン)なし。
 

【現代語訳】
 師が坐禅する時には、八寸の鉄塔を頭の上に置いて、宝冠をかぶっているようでした。この塔を落とさないように努めることで、眠らなかったのです。
 その塔は今、大梅山にあり、護聖寺の庫院に代々引き継がれています。
 法常禅師は、このような修行を死ぬまで怠らなかったのです。

 

《法常禅師の行持の峻厳な様を、具体的な一端を挙げて語ります。
 坐禅の時に頭に「八寸の鉄塔」を載せて睡魔と戦った、といいます。鉄で作った五重塔のようなものを考えればいいのでしょうか、鉄塔という言い方にも驚かされますが、八寸は、普通に考えれば一寸が三,〇三㎝ですから、ざっと二五㎝、ずいぶん高いものですから、重さもかなりのものでしょう。細身の背の高いものですから不安定で、載せておくだけでも大変でしょうが、その上重いもので、しかも鉄ですから落ちれば、その落ち方では怪我もしかねません。
 目がちゃんと覚めていても、なかなかの緊張感でしょう。
 見た目にはかなり滑稽な姿と思われますが、そんなことは頓着しない人柄が思われます。もっとも山のてっぺんで、人から離れたところですから、その点は問題ないのでしょうか。
 一事が万事で、一切がこうした一途な修行だったということと思われます。
 「その塔、いま本山にあり」について『行持』が「おそらく著者(禅師)が、在宋中、諸山を遍歴して、大梅山護聖寺に宿泊した時に、実際に見聞した事実にもとづくものであろうと推測される」と言います。大梅山は「浙江省寧波府を去ること、東南七十里にある山」(同)。寧波は天童山の近く、一里は、日本でならおよそ4㎞で二百八十キロですが、中国の一里は五百㍍前後のようで、それなら三十五㎞ですから、そんなに遠い距離ではありません。

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