『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

十六

提多迦の出家

第四祖優婆毱多(ウバキクタ)尊者、長者の子あり、名を提多迦(ダイタカ)といふ。来りて尊者を礼(ライ)し、出家を志求す。
 尊者曰く、「汝身の出家なりや、心の出家なりや。」
 答えて曰く、「我出家を求むるは身心の為に非ず。」
 尊者曰く、「身心の為にせず、復誰か出家する。」
 答えて曰く、「夫れ出家は、我我所(ガガショ)無し。我我所無きが故に、即ち心生滅せず。心生滅せざるが故に、即ち是れ常道なり。諸仏も亦常なり、心形相(ギョウソウ)無く、其の体も亦然り。」
 尊者曰く、「汝当に大悟して心自ら通達すべし。宜しく仏法僧に依りて聖種(ショウジュ)を紹隆(ショウリュウ)すべし。」
 即ち与(タメ)に出家受具せしむ。
 

【現代語訳】
 釈尊から第四祖、優婆毱多尊者の所に、長者の子で提多迦という者が来て、尊者を礼拝して出家を願い出た。
 尊者が言うには、「あなたが願うのは身の出家か、それとも心の出家か。」
 提多迦答えて、「私が出家を願うのは、自分の身や心のためではありません。」
 尊者は尋ねて、「自分の身心のためでなければ、一体誰が出家するのか。」
 提多迦答えて、「そもそも出家者には、私も私の所有物もありません。私も私の所有物も無いので、心は生じることも滅することもありません。心は生じることも滅することもないので、これは恒常不変の道です。諸仏もまた恒常であり、心に決まった姿はなく、その本体もまた同様です。」
 尊者の言うには、「それなら、あなたは先ず大悟して心を自ら知りなさい。そして仏法僧に従って聖者の種を受け継ぎ、繁栄させなさい。」
 そこで尊者は提多迦を出家させ戒を授けました。
 

《二人目の祖師の出家の話です。前の話と違って、これは難問です。
 「汝身の出家なりや、心の出家なりや」という問いが、身近でありながら含みがありそうで、なかなか面白く、普通に考えれば、もちろん「心の出家」ですと答えねばならなさそうです。
 それに対して、「我出家を求むるは身心の為に非ず」というのがまた、そう来たか、という答えで、読む者は、さて、その心は、と、ちょっと座り直す感じです。
 「我我所無し。我我所無きが故に、即ち心生滅せず」は驚くべき言葉で、その心は「道元禅師が坐禅のことを『身心脱落』といわれておった思想と同じことを意味する」(『提唱』)と言えそうです。彼は、出家する前に、すでに十分に出家者であったわけです。
 逆に、それだから出家するのだと考えれば分かりやすいでしょうか。出家即菩提は、出家=菩提であるわけですから、=(イコール)の前後は、どちらであっても同じ、ということで、この人の場合は、たまたま菩提の方が先だった、…。》


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3 長沙批判~3

 業障本来空なりとして、放逸に造業(ゾウゴウ)せん衆生、さらに解脱の期あるべからず。
 解脱のひなくば、諸仏の出世あるべからず。諸仏の出世なくば、祖師西来すべからず。祖師西来せずば、南泉あるべからず。南泉なくば、たれかなむぢが参学眼(サンガクゲン)を換却せむ。
 また如何是業障と問するとき、さらに本来空是(ホンライクウゼ)と答する、ふるくの縛馬答(バクメトウ)に相似なりといふとも、おもはくは、なむぢ未了得の短才をもて、久学の供奉(グブ)に相対するがゆゑに、かくのごとくの狂言を発するなるべし。
 

【現代語訳】
 業障は本来実体が無いと考えて、勝手気ままに悪業をつくる人々には、決して解脱の機会はありません。
 解脱の時がなければ、諸仏が世に出現することもありません。諸仏が世に出現しなければ、祖師達磨も中国にやって来なかったことでしょう。祖師達磨が中国に来なければ南泉(普願)もいなかったのです。南泉がいなければ、誰が長沙の仏道を学ぶ眼を正してくれたでしょうか。
 また皓月が「悪業の障りとはどういうものでしょうか。」と尋ねた時に、さらに長沙が「本来実体が無いということである。」と答えたことは、昔の縛馬答(要領を得ない問答)に似てはいますが、思うに、長沙がまだ悟りを得ていない乏しい才で、久しく学んだ皓月供奉に相対したために、このような狂言を発したのでしょう。
 

《やはり、「業障」(仏道精進に対しての人の行動が生みだした障害・私の理解した解釈です)は実在する、ということのようです。
 人間の行った行動の善悪の報いは、必ず「三時業」として顕現する、行動が善であったならばその報いによって解脱への道が開かれます。
 それはいいのですが、ここの冒頭の一文によれば、「放逸に造業せん衆生」は「解脱」がないと言っていて、逆から言えば、同じ「造業」するにしても、「業障本来空」をいいことに「放逸に造業」したのでなければ、解脱の可能性があるということのようです。
 つまり、うっかりして犯した悪行、また、悪だと承知しながらやむを得ず行われた悪業、あるいは後になってあれは悪業であったと当人が認めた悪業などは、解脱の障りとはなっても、決定的阻害となるのではなく、一定の報いを受けることによって解脱への道が開けるのだ、と言っているように思われます。
 ちょっと思いがけない柔軟な考え方、というか妥協的・現実的な考え方のように見えて、普段の禅師の厳格な断定的な発想とは異なるような気もしますが、
ちなみに、『全訳注』の原文には、ここにはない次の一節があって、後の第十八章に続いています。
「懺悔するがごときは、重を転じて軽受せしむ。また滅罪清浄ならしむるなり。善業また随喜すれば、いよいよ増長するなり。これみな作業の黒白にまかせたり」。

 そういうレベルでは、「空」ということはないのであって、条件を整えさえすれば、必ず解脱の道がある、という宇宙の摂理があるからこそ、過去においての諸仏の悟道があったのであり、祖師西来があり、南泉がいたのです、…。


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2 長沙批判~2

 皓月が問は、業不亡(ゴウフモウ)の道理によりて、順後業のきたれるにむかふて、とふところなり。
 長沙のあやまりは、如何是本来空と問するとき、業障是(ゴウショウゼ)とこたふる、おほきなる僻見なり。
 業障なにとしてか本来空ならむ、つくらずば業障ならじ、つくられば本来空にあらず。
 つくるは、これつくらぬなり、業障の当体をうごかさずながら、空なりといふは、すでにこれ外道の見なり。
 

【現代語訳】
 皓月の問いは、業はなくならないという道理によって、過去世の悪業の報いが来ることに対して尋ねたのです。
 長沙の誤りは、皓月が「本来実体が無いとは、どういうことでしょうか。」と尋ねた時に、「悪業の障りのことである。」と答えたことで、これは大きな僻見と言うべきです。
 業障がどうして、本来実体が無いものと言えましょうか。悪業を作らなければ業障は無いでしょうが、作れば実体が無くはありません。
 悪業をつくることは、つくらないのと同じであると言ったり、業障そのものを動かさずに、それには実体が無いと言うのは、すでに外道の考えです。
 

《皓月は「業障」の深い意味を知らないままに問うたのであったにしても、「業不亡の道理」(業が三時に亘って因果を及ぼすことを言っているのでしょう)を踏まえての問いであったことは、当然でしょう。
 さて、長沙の答えは「業障」は「本来空」だというものでしたが、禅師は、そんなことはありえないのであって、「業障」は自分の手で作るもので作られたものは、「空」であることはない、と言います。
 たとえば、「三障」のうちの「煩悩障(貪り怒り愚かさなどの煩悩による障り)」は、いわば意識の問題ですから、空とも言えそうですが、実際に行われた行為やその結果は確かに空とは言いがたいようにも思われます。
 意識界は空だが、行動界は実在する、…? いや、「空」というのは、そんな部分的な話ではないでしょう。
 ともあれ、禅師は、この問答の前提とされた「了ずれば即ち業障本来空」(第十五章)を否定して、あの二人の祖には、前世において「業障」があって、処刑はその結果だ、つまり順後次受業なのだ、と言っているようですが、そういうことなのでしょうか。》

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1 長沙景岑批判~1

 長沙景岑は南泉の願禅師の上足なり、久しく参学のほまれあり。ままに道得是あれども、いまの因縁は、渾(スベ)て無理の会得なり。
 ちかくは永嘉(ヨウカ)の語を会(エ)せず、つぎに鳩摩羅多(クモラタ)の慈誨をあきらめず。はるかに世尊の所談、ゆめにもいまだみざるがごとし。
 仏祖の道処すべてつたはれずば、たれかなむぢを尊崇せん。
 業障(ゴウショウ)とは、三障のなかの一障なり。いはゆる三障とは、業障報障煩悩障なり。業障とは五無間業(ゴムゲンゴウ)をなづく。
 皓月が問、このこころなしといふとも、先来いひきたること、かくのごとし。
 

【現代語訳】
 長沙景岑は南泉の願禅師(普願)の高弟であり、長年修行したことで高名な人です。ほぼ道理を尽くしていた人ですが、今の話は全く理に適っていません。
 近来の永嘉(玄覚)の語を会得していないばかりか、鳩摩羅多の懇切な教えをも明らかにしていません。まして世尊(釈尊)の説く教えなどは、夢にも見たことがないようです。
 仏祖の教えをすべて伝えていないのなら、だれがあなたのことを尊崇するものでしょうか。
 業障とは、三障(仏道を妨げる三つの障り)の中の一つです。いわゆる三障とは、業障(過去の悪業による障り)、報障(地獄餓鬼畜生などの苦界に生まれることによる障り)、煩悩障(貪り怒り愚かさなどの煩悩による障り)のことです。業障とは、五無間業(無間地獄に堕ちる五つの悪業)のことを言います。
 皓月の問いには、この考えは無かったかもしれませんが、先ほどから言って来たことは、五無間業の業障のことなのです。
 

《さて、ここから第十七章の終わりまでは、また原文に相違があり、『全訳注』と『提唱』は別の文章を載せています。ともかく。ここの文章で読んでみます。
 禅師は、先の長沙の答えを誤りだと否定します。文中の「なむぢ」は長沙を指すのでしょう。
 「三障」は「修行とその前段階の善根を妨げる三つのさわり。煩悩障(貪欲・瞋恚(しんい)・愚痴の惑い)・業障(ごっしょう)(五逆十悪の業)・報障(地獄・餓鬼・畜生の苦報)」(コトバンク)。
 禅師は、皓月が問いの中で言った「業障」は、ここまで述べてきた「五無間業」であって、仏道を妨げる根本的な悪の一つなのだ、と言います。ということは、禅師から見ると、長沙は、「業障」をそういう重大なものと考えないままに答えているように思えた、ということでしょうか。
 「業障」というのは、ここまで語ってきた三時の業に関わる重大な問題なのだ、ということを、あるいは皓月も考えていなかったかもしれないが、答える方は、きちんとそのことを踏まえなくて答えなくてはならない、…。》

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慧可~5

 破顔は古(イニシエ)をきく、得随は祖に学す。
 しづかに観想すらくは、初祖いく千万の西来ありとも、二祖もし行持せずば、今日の飽学措大(ソダイあるべからず。
 今日われら正法を見聞(ケンモン)するたぐひとなれり、祖の恩かならず報謝すべし。その報謝は、余外(ヨゲ)の法はあたるべからず。身命(シンミョウ)も不足なるべし、国城(コクジョウ)もおもきにあらず。
 国城は他人にもうばはる、親子(シンシ)にもゆづる。身命は無常にもまかす、主君にもまかす、邪道にもまかす。しかあれば、これを挙して報謝に擬するに不道なるべし。
 ただまさに日日の行持、その報謝の正道(ショウドウ)なるべし。いはゆるの道理は、日日の生命を等閑にせず、わたくしにつひやさざらんと行持するなり。
 そのゆゑはいかん。この生命は、前来の行持の余慶なり、行持の大恩なり。いそぎ報謝すべし。
 

【現代語訳】
 昔、霊鷲山の法会で、釈尊が花を手に取って瞬きすると、摩訶迦葉だけがこれを知って微笑み、そこで釈尊は迦葉に正法を伝えたと聞いています。また、初祖達磨が弟子たちに修行で得たものを次々に尋ねたところ、最後に慧可は初祖の前で礼拝して元の位置に帰って立ち、そこで初祖は「おまえは私の髄を得た」と言ったという話は、この祖師から学ぶ事が出来ます。
 静かに考えてみれば、初祖が幾千万回、西方のインドから来たとしても、二祖慧可が初祖の法を伝えなければ、今日の我々は仏法を十分に学ぶことが出来なかったのです。
 今日の我々は正法を見聞する仲間となることが出来たのです。ですから、この祖師の恩には必ず報恩感謝しなければいけません。その報恩感謝には、他の方法は適当ではありません。この身命で報いようとしても足らないのです。国や城も価値あるものではありません。
 国や城は他人にも奪われ、親から子にも譲るものです。この身命は世の無常にも任せ、主君にも任せ、邪道にも任せるものです。ですから、これでもって祖師に報恩感謝するとは言わないのです。
 ただ正に日々の行持が、その報恩感謝の正道なのです。その道理とは、日々の生命をいい加減に過ごさず、私に費やさないように修行するということです。
 何故ならば、この行持できる生命は、以前の仏祖による行持の余慶であり、行持の大恩によるものであるからです。ですから、急いでその恩に報いなさい。
 

《断臂という強硬手段によって自身の意志の揺るぎないことを示した慧可は、達磨の弟子に加えられて教えを受け、後に、その法を嗣ぐことになります。
 禅師は、そのことを釈尊における摩訶迦葉に喩えるという最高級の言葉で語り、その法嗣を、師の中国伝法と並べて讃え、私たちは達磨とともに彼に「報謝」しなければならないとします。
 先に、禅師には、達磨から自身への「貫く棒のごときもの」が意識されているのではないか(第十一章3節)と言いましたが、その「棒」の始まりである始祖達磨の役割はもちろんこの上なく大きいとして、それを受け継ぐ二祖の重要さは、それ以後の幾人かの祖とは同列に論じられない重要さがあるというのが、禅師の考えのようです。
 未開の人の数の数え方に、「一つ、二つ、たくさん」というのがあるという話を聞いて妙に納得した記憶があります。三から上はみんな同じだという感覚です。
 「長者に二代なし」という諺がありますが、事ほどさように天才の後を引き継ぐのは難しいもののようで、それを果たした慧可は、やはり讃えられるべきなのかも知れません。もっとも、諺で言えば「売り家と唐様で書く三代目」というのもあって、三代目もそれに劣らず大切なようですが、まあ、閑話休題とします。
 ともあれ、達磨について「祖師の大恩を報謝せんことは、一日の行持なり」(第十一章1節)とありましたが、二祖についても同じように、「報謝」せねばならず、そしてその手立ては、行持を措いてないのだと強調します。》


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