『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

二十五

2 王族の出家

 このゆゑに、西天竺国にはすなはち難陀、阿難、調達(チョウダツ)、阿那律(アナリツ)、摩訶男(マカナン)、抜提(バダイ)、ともにこれ師子頬王(シシキョウオウ)のむまご、刹利種姓(セツリシュショウ)のもとも尊貴なるなり、はやく出家せり。後代の勝躅(ショウチョク)なるべし。
 いま刹利にあらざらんともがら、そのみをしむべからず。王子にあらざらんともがら、なにのをしむところかあらん。
 閻浮(エンブダイ)最第一の尊貴より、三界最第一の尊貴に帰するは、すなはち出家なり。自余の諸小国王、諸離車衆(ショリシャシュ)、いたづらにをしむべからざるををしみ、ほこるべからざるにほこり、とどまるべからざるにとどまりて出家せざらん、たれかつたなしとせざらん、たれか至愚なりとせざらん。
 

【現代語訳】
 この故に西方のインド国では、難陀、阿難、提婆達多、阿那律、摩訶男、抜提など、すべて師子頬王の孫で、王族の最も尊貴な人たちでしたが、皆釈尊に従って速やかに出家したのです。これは、後の人々への勝れた足跡です。
 まして今、王族でない人たちは、その身を惜しんではいけません。王子でない人たちには、何の惜しむ所がありましょう。
 インド国の最も尊貴な王族から庶民に至るまで、この世界で最も尊貴な仏に帰依して出家したのです。まして、その他の多くの小国の王や民衆が、いたずらに惜しむべきでないものを惜しみ、誇るべきでないのに誇り、止まるべきでない所に止まって、出家しないことは、誰が見苦しい事としないでしょうか。誰が愚かの至りとしないでしょうか。
 

《これまで幾度となく繰り返された、出家こそこの世の最大の価値あることである、という話です。
 「師子頬王」は「釈尊の祖父にあたる」(『全訳注』)人だそうで、したがって難陀以下の人は釈尊の兄弟、ないしは従兄弟ということになります(第二十一章1節にも出てきました)。
 「閻浮提最第一の尊貴より…」のここの訳は(『提唱』の訳も同様に見えますが)、ちょっと変で、「この世のもっとも尊貴な存在から、さらに三界のもっとも尊貴な存在へと転ずる、それがすなわち出家なのである」(『全訳注』)というのがよいように思います。
 しかし、これも何度も書いたことですが、高貴な人が行ったことだからと言って、それが価値あることだとは思えず、また、地位の「高貴」であることが価値であるかのような言い方で、釈然としません。
 むしろ出家した先の世界がどのようなものであるのか、涅槃とはどのような状況を言うのか、そういうことを、もっと繰り返し聞きたい気がします。
 それは結局自分でその世界に入る以外に知ることはできないことなのでしょうが、それでもなお、その片鱗でも、と思います。
 桂枝雀は「茶漬け閻魔」で極楽を、「静かやがな、だいち。…(あなたは)『静かはえぇ』っちゅうけど、…一日や二日はえぇけども、三日、四日、五日と『静か』っちゅうけど並みの静かやあらへん、シシラ、シ~ンとしてて、ちょいちょい蓮の花が、ポンッと開く音が聞こえるぐらいで、あとはシシラ、シ~ンとしてる。住んでる人々も大きぃ声出さずに小ぃさい声で、ぼそぼそ、ぼそぼそ、ぼそぼそ…、なぁるほど、てなこと言ぅてんねんで」と描いて見せました。
 これは勿論落語の極楽ですが、といって、では本当はそれと違ってどういう世界なのか、悟りの世界とはどういう世界なのか、それを本気で聞きたいという思いがあります。》


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1 出家行法

 その出家行法に四種あり、いはゆる四依(シエ)なり。
一、形寿(ギョウジュ)を尽くして樹下(ジュゲ)に坐す。
二、形寿を尽くして糞掃衣(フンゾウエ)を著(ツ)く。
三、形寿を尽くして乞食(コツジキ)す。
四、形寿を尽くして病有れば陳棄薬(チンキヤク)を服す。
 共に此の法を行ぜば、方(マサ)に出家と名づけ、方に名づけて僧と為す。若し此を行ぜざれば、名づけて僧と為さず。是の故に出家行法と名づく。
 いま西天(サイテン)東地、仏祖正伝するところ、これ出家行法なり。一生不離叢林なれば、すなはちこの四依の行法そなはれり。これを行四依(ギョウシエ)と称す。
 これに違して五依(ゴエ)を建立せん、しるべし、邪法なり。たれか信受せん、たれか忍聴(ニンチョウ)せん。
 仏祖正伝するところ、これ正法なり。これによりて、出家する人間、最上最尊の慶幸なり。
 

【現代語訳】
 出家行法(出家の修行方法)には四種があり、それは四依(四つのより所)と言われるものです。
一つには、生涯 木の下に坐して修行する。
二つには、生涯 糞掃衣(捨てられたぼろ布で作った袈裟)を着て修行する。
三つには、生涯 人々に食を乞うて修行する。
四つには、生涯病気になれば陳棄薬(あまり使われない昔の薬)を服して癒す。
 これらの修行方法を共に行じれば、まさに出家と名付け、僧と名付けるのです。もしこれらの事を行じなければ、僧と名付けることは出来ません。この故に出家行法と名付けるのです。
 今、インドや中国に於いて、仏祖が正しく伝えてきたものは、この出家行法です。一生修行道場を離れなければ、この四依の行法は具わるのです。これを行四依と言います。
 これに背いて五依(五つのより所)を立てる説もありますが、それは邪法であると知りなさい。誰が一体信じて聞き入れるものでしょうか。
 仏祖の正しく伝えた出家行法は釈尊の正法です。これによって出家する人は、最上最尊の幸福なのです。
 

《どうやらこの巻も終わりに近づいたようで、出家の功徳の話から、ここではそのあり方が語られます。
 「四依」は「出家たるべきものの依るべき四つの生活の仕方」(『全訳注』)。前の三つはこれまで様々なところで語られてきたことですが、四つ目は初めてだと思います。
 「陳棄薬」は、ここには「あまり使われない昔の薬」とありますが、「『陳』は古い、『棄』は捨てられたという意味」(『提唱』)で、『全訳注』によれば、「大小便をもって製した薬」なのだそうで、本当に薬と言えるのかどうか疑われますが、つまりは前の三つと同じく質素な生活をいうのでしょう。
 「五依を建立」とありますが、『全訳注』が「四依をすてて五事を立てんとしたものに提婆達多がある。いま、特に五依というは、それを指さすものかどうか定かではないが、念のために挙げておく」と言っています。
 途中、「これを行四依と称す」の意味が分かりにくいのですが、「一生不離叢林」を別名として四依と呼ぶ、ということでしょうか。あるいは四依が具わっていることを言うのでしょうか。文字通りに見れば、四依を行う、ということのように思えますが。》


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道楷~4

 你(ナンジ)見ずや、隠山(インザン)死に至るまで、肯て人を見ず。趙州(ジョウシュウ)死に至るまで、肯て人に告げず。
 匾担(ヘンタン)は橡栗(ショウリツ)を拾うて食(ジキ)とし、大梅(ダイバイ)は荷葉(カヨウ)を以て衣とす。紙衣道者(シエドウシャ)は只紙を披(キ)、玄太(ゲンタイ)上座は只布を著(ツ)く。
 石霜は枯木堂を置(タ)てて衆と与(トモ)に坐臥す、只你が心を死了せんことを要す。
 投子(トウス)は人をして米(ベイ)を辨じ、同じく煮て共に餐(サン)せしむ、你が事を省取(セイシュ)することを得んと要す。
 且(シバラ)く従上の諸聖(ショショウ)、此の如くの榜様(ボウヨウ)あり、若し長処無くんば、如何(イカン)が甘(アマナ)い得ん。
 諸仁者、若し也(マ)た斯(ココ)に於いて体究せば、的(マサ)に不虧(フキ)の人也。若し也た肯て承当(ジョウトウ)せずんば、向後深く恐らくは力を費やさん。
 

【現代語訳】
 あなた達は聞いたことが無いか。隠山(潭州竜山)は死ぬまで進んで人に会おうとせず、趙州は死ぬまで進んで人に知らせなかった。
 匾担(暁了)は とちの実や栗を拾って食物にしたのであり、大梅(法常)は 蓮の葉を衣にし、紙衣道者(克符)は ただ紙を着、玄太上座(南嶽玄泰)は ただ麻や綿布を着ていたのである。
 また石霜(慶諸)は枯木堂(僧堂)を建てて修行僧と共に坐臥し、ひたすら皆の分別心が死にきることを求めたのであり、投子(大同)は人に米を調えさせて、修行僧と共に煮炊きし共に食べて、皆の用事を少しでも省こうとしたのである。
 ひとまず、これらの祖師方は、このような模範を示されたのだ。もしそこに長所が無ければ、どうして自ら進んでしたであろうか。
 諸君、もしここで体得することが出来れば、まことに欠けることのない人となるのである。もし進んで会得を願わなければ、今後おそらくは大いに苦労することであろう。
 

《八人の仏祖のエピソードが列挙されます。道楷とは直接関係ありませんが、同様に、人を避け世に染まることを厭うてひとり修行した人たち、粗衣粗食に甘んじててひとえに修行した人たち、そして弟子と同じ姿勢で謙虚に修行した人たち、です。
 ひとつひとつはこれまでいろいろなところで語られてきた話か、またはそれに類似したものですが、こうして一気に列挙されると、なかなか壮観で、単発で語られると、何か特別な奇人の振るまいとも思われかねない話が、いかにこれが修行の本道であるかということを感じさせられます。
 途中、趙州は第十一章で取り上げられた人で、「肯て人に告げず」はその2節にあった、信者に喜捨を求めることをしなかったことを言っているようです。
 また石霜は、「(弟子達とともに)常坐して臥せず、立亡する者、極めて多し」(「従容録」)ということで、その「立亡」の姿から「枯木衆」と呼ばれたことを言っているようです。
 もっとも、ここに語られることは、それぞれの人がそれぞれのことをしたわけですが、こういうふうに語られると、自分は一人でここに語られるすべてのことをしなくてはならないのだ、という気になりそうで、そうすると、大変なプレッシャーです。》


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2 僧伽難提~2

 行持のちからいまだいたらず、仏祖の骨髄うけざるがごときは、仏祖の身心ををしまず、仏祖の面目をよろこばざるなり。
 仏祖の面目骨髄、これ不去(フコ)なり、如去(ニョコ)なり、如来なり、不来なりといへども、かならず一日の行持に稟受(ボンジュ)するなり。
 しかあれば、一日はおもかるべきなり。いたづらに百歳いけらんは、うらむべき日月なり、かなしむべき形骸なり。
 たとひ百歳の日月は声色(ショウシキ)の奴婢と馳走すとも、そのなか一日の行持を行取せば、一生の百歳を行取するのみにあらず、百歳の他生をも度取すべきなり。
 この一日の身命は、たつとぶべき身命なり、たつとぶべき形骸なり。かるがゆゑに、いけらんこと一日ならんは、諸仏の機を会(エ)せば、この一日を曠劫多生(コウゴウタショウ)にもすぐれたるとするなり。
 

【現代語訳】
 行持の力がまだ足りず、仏祖の骨髄を受けていない者は、仏祖の身心を大切に思わず、仏祖の真実の姿を喜ぶことが出来ないのです。
 仏祖のまことの姿・骨髄というものは、去ることもなく、来ることもなく、ただありのままの姿の中にあるとはいえ、それは必ず一日の行持によって受けることが出来るのです。
 ですから、この一日は大切なのです。徒に百年生きたならば、それは残念な月日であり、悲しい人身です。
 たとえ百年の月日を、万境の奴隷となって駆け回ったとしても、その中の一日の行持を我がものにすることが出来れば、一生の百年を我がものに出来るだけでなく、その百年の他生をも救うことが出来るのです。
 この一日の身命は、尊ぶべき身命であり、尊ぶべき人身です。それ故に、一日の命の者が、諸仏の働きを会得すれば、その一日は永劫の多くの生よりも優れているというのです。
 

《「仏祖の身心」、「仏祖の面目」は、ここでは、そのまま仏祖のものとする解釈になっています(『提唱』も同じです)が、『行持』と『全訳注』は、「仏祖と同じくそなわっている自己の身と心、仏祖となり得る身と心」と解釈していて(「面目」も同様)、確かに「をしまず」は特に、そう解する方が読みやすく思われます。
 「不去なり、如去なり、如来なり、不来なり」は、『全訳注』が「去るものでもなく、来るものでもなく、去るようでもあり、来るようでもある、というほどの意味である」と言います。仏祖の「面目骨髄」は、それ自身が自分で現れたり消えたりするのではなく、行持する当人の「一日の行持」のありようによって、その行持の中で受け止められるものだ、というようなことでしょうか。
 それを信じて、一日の行持に努め、「よろこぶべき一日」(前節)にしなければならない、というのが、この節の主旨と思われます。
 『行持』は、「如来」を仏の如来、「如去」も同じ意味として解していますが、ちょっと無理な解釈ではないでしょうか。
 さて、百歳の間、どれほど世俗にまみれた生き方をしても、一日真実の行持を行えば、百歳をきちんと生きたことになるばかりでなく、他生(前生と後生)の百歳においても度取(「迷える衆生を導いて、悟りの境地・境界に救い出すこと」『行持』)することができるのだと言います。
 ここの「他生」を『提唱』は「自分以外の生きた人々」と訳しています。》


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1 僧伽難提~1

 古来の仏祖いひきたれることあり、いはゆる、「若し人、生けらんこと百歳ならんに、諸仏の機を会(エ)せざらんは、未だ生けらんこと一日にして、能く之を決了せんには若かず。」
 これは一仏二仏のいふところにあらず、諸仏の道取しきたれるところなり。諸仏の行取しきたれるところなり。
 百千万劫(ゴウ)の回生(カイショウ)回死のなかに、行持ある一日は、髻中(ケイチュウ)の明珠なり、同生(ドウショウ)同死の古鏡なり、よろこぶべき一日なり。行持力みづからよろこばるるなり。
 

【現代語訳】
 昔から仏祖が言って来たことがあります。それは、「もし人が百年生きたとしても、諸仏の働きを会得しなければ、一日の命でこれを会得した者には及ばない。」ということです。
 これは一人二人の仏の言葉ではありません。すべての仏が説いてきたことであり、すべての仏が行じてきたことなのです。
 百千万劫の無限の時間にわたって生死をめぐり続ける中で、行持のある一日は、髻の中の宝石にも譬えられる本来の自己であり、また古い鏡にも譬えられる生死を共にする自己の仏性であり、喜ぶべき一日なのです。この行持の力によって自ら喜ばしくなるのです。
 

《『行持』は「若し人、生けらんこと…」が第十七祖僧伽難提(ソウギャナンダイ)の言葉であるとして、「一私案に外ならない」としながら、以下第二十七章までをこの人にまつわるエピソードとして扱っています。確かに以下の話は前章の「説」と「行」の話とは異なる話です。
 しかし、『全訳注』は前章から続けてひとまとまりの段落としていて、全体三十五人の中にこの人の名を挙げていません。それは、初めの言葉を「『法句経』などにしばしばみる句である」として、文中に取り立てて僧伽難提の名が出てこないことによると思われます。
 ここでは、便宜的に、僧伽難提のエピソードとしてタイトルをつけ、人数の数え方は、『全訳注』に従っておきます。

 さて、ここでは、「行持ある一日」の意味が主題で、百年何もしないままの長生きよりも、行持を行った一日の方が尊い、と言い切った言葉から話が始まります。俗に言えば、細く長く生きるよりも、太く短く生きる方がいい、というようなことになるでしょうか。
 「同生同死」は、先にもあった言葉(第三章2節)で、「諸仏と生・死を一緒にすること」、「古鏡」は本書「古鏡」巻の話を踏まえた言葉で、「修行者の内なる仏性であり、本来の面目」(『行持』)、そこで、「行持ある一日」は、諸仏とともにある自らの仏性が形をとったものである、というような意味になりましょうか。


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