『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

三十四

如浄~5

 又いはく、「参禅は身心脱落なり、焼香礼拝念仏修懺(シュサン)看経(カンキン)を用いず、 祗管(シカン)に坐して始めて得ん。」
 まことにいま大宋国の諸方に、参禅に名字(ミョウジ)をかけ、祖宗の遠孫(オンソン)と称する皮袋、ただ一二百のみにあらず、稲麻竹葦(トウマチクイ)なりとも、打坐を打坐に勧誘するともがら、たえて風聞せざるなり。ただ四海五湖のあひだ、先師天童のみなり。
 諸方もおなじく天童をほむ、天童諸方をほめず。又すべて天童をしらざる大刹の主もあり。これは中華にむまれたりといへども、禽獣の流類(ルルイ)ならん。参ずべきを参ぜず、いたずらに光陰を蹉過するがゆゑに。
 あはれんべし、天童をしらざるやからは、胡説(ウセツ)乱道をかまびすしくするを仏祖の家風と錯認せり。
 

【現代語訳】
 又 言うことには、「参禅(坐禅)とは、身も心も脱落することである。それは焼香、礼拝、念仏、懺悔、読経を採用せず、ひたすらに坐して始めて得られるものである。」と。
 まことに今、大宋国の諸方には、参禅道場に名前を掛けて修行し、仏祖の宗旨を伝える法孫と称する者が、ただ百人二百人ばかりでなく、数えきれないほど居るのですが、坐禅を坐ることとして勧める人は、全く聞いたことがありません。それは広い中国の中で、先師天童和尚だけでした。
 又、諸方の長老は、等しく天童和尚を褒めましたが、天童和尚は諸方の長老を褒めませんでした。又 少しも天童和尚を知らない大寺院の主もいました。これは中国に生まれたといっても、禽獣のような種類でありましょう。学ぶべきことを学ばずに、空しく月日を過ごしているからです。
 哀れなことです。天童和尚を知らない者たちは、でたらめな説をやかましくすることが、仏祖の家風であると、思い違いをしているのです。
 

《如浄がいかに名利の世界を離れようとしたかを語って、次にその一方で、「焼香礼拝念仏修懺看経」を斥けて、いわゆる「只管打坐」を実践したことが語られます。
 それが取り分けて語られるのは、当時、禅宗の寺で実際に普段に坐禅をしている寺は極めて少なかったからのようです。
 現代の日本においても、そういう傾向が強いようで、禅寺にいて禅僧でありながら、坐禅を組む人の少ないことを嘆く言葉はいくつかの書で目にしました。
 僧だけではなく、今日、禅師のことを知る人は、その思想・考え方、姿勢を高く評価する人は数多いのですが、その多くは坐禅をしないままに語っているのではないでしょうか。たとえば、我が師・唐木先生もそうではなかったかと思います。
 かく言う私からして、自ら坐禅と組むことをしないで、ただこの書を読んでいるだけなので、もちろん、そのことをとやかく言う資格はありません。
 ただ、なぜそういうことになるのか、不思議なことではあります。
 禅が、「身心脱落」を目的とするだけに、極めて個人的な、ひたすら悟りを開くという自己修練、あるいは自己覚醒の方向のものと捉えられて、社会的実効性が認められず、宗教というよりも哲学として関心を持たれ、特定の人にしか切実に不可欠のものとは感じられないから、といったようなことがあるのではないでしょうか。
 さらには、その自己覚醒にしても、ただ坐れ、坐れば分かる、と説かれるだけで、「只管打坐」によって得られる状態がどのようなものであるかということがほとんど示されず(そういうものを得ようとして坐ってはならないとも言われますが、本当についに何ものも得られないのなら、ただ形の上で座ったというだけのことになるでしょう)、当てのない旅にでかけるようで、多くの人は容易に踏み出せない、ということがあるのではないでしょうか。
 もっとも何事においても、やらない者は、なんとでもやらない理由を見つけ出すものだ、ということはありますが、…。》


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1 日本の糞掃衣

 しかあればすなはち、この糞掃衣は、人天龍等のおもくし、擁護するところなり。これをひろうて袈裟をつくるべし。これ最第一の浄財なり、最第一の清浄なり。
いま日本国、かくのごとくの糞掃衣なし。たとひもとめんとすともあふべからず、辺地小国かなしむべし。
 ただ檀那所施(ショセ)の浄財、これをもちゐるべし。人天の布施するところの浄財、これをもちゐるべし。
 あるいは浄命(ジョウミョウ)よりうるところのものをもて、いちにして貿易(ムヤク)せらん、またこれ袈裟につくりつべし。

 【現代語訳】
 そのために、この糞掃衣は、人間、天人、龍神などが重んじて守って来たのです。ですから、この糞掃(ぼろ布)を拾って袈裟を作りなさい。これが最も第一の清浄な衣材であり、最も第一の清浄な袈裟なのです。
 今の日本国には、このような糞掃衣はありません。たとえ求めようとしても出会うことが出来ないのです。この国が、糞掃衣の伝わらない辺地の小国であることは悲しいことです。
 ですから今は、ただ施主の施す清浄な衣材を用いて袈裟を作りなさい。人々の布施する清浄な衣材を用いて袈裟を作りなさい。
 或いは、清浄な生活で得たものによって、市で衣材を買い求めて袈裟を作りなさい。
 

《「いま日本国、かくのごとくの糞掃衣なし」というのがよく分かりません。
 『読む』は「鎌倉時代の日本は貧乏であった。『今昔物語』の「羅城門」の話のように、飢饉や疫病で死んだ人の着物をはぎ、髪の毛を抜いて生活の糧にする人もいた」と言って、多くの人がぼろ布をあさったので、糞掃が手に入らなかったのだ、といった口ぶりですが、ぼろ布よりも、「浄命よりうるところのもの」の方が得やすかった、というのも、変な気がします。また、理屈を言えば、そういうものがあるなら、ぜひ糞掃衣を作ろうと思えば、市へ行って布を買わないで、ぼろ布を拾った人からそれを買い求めればいいわけです。
 「かくのごとくの」というのは、これまで述べてきたような歴とした「正伝」の、という意味ではないかと思ってもみますが、「檀那所施の浄財」でよいということですから、そうでもなさそうです。
 あるいは、そんなふうにして本物のぼろ布を集めよと言っても、実際にそうする人はいそうにないので、ともあれ袈裟を掛けることが先だと、妥協したというようなことがあるのでしょうか。
 なお、「浄命」は、「比丘が邪命(耕作、占い、周旋、呪術によって生活の資を得ること)を離れ、乞食または信者の布施により生活すること」(『読む』)だそうです。
 また、ここでは便宜上「ぼろ布を買う」という言い方をしましたが、『読む』によれば、「鎌倉時代はまだ貨幣経済の時代ではなかった」ので、買うのではなく「貿易」(物々交換)であったようです。

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