『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

四馬

生老病死

 いま触毛皮肉骨の四法あり。毛をのぞきて皮に触(ソク)することあるべからず、毛皮をのぞきて肉骨に触すべからず。
 かるがゆゑにしりぬ、これ鞭を加すべきなり。いまここにとかざるは、文(モン)の不足なり。諸経かくのごときのところおほし。
 如来、世尊、調御丈夫またしかなり。四種の法をもて一切衆生を調伏して、必定不虚(ヒツジョウフコ)なり。
 いはゆる、生(ショウ)を為説(イセツ)するにすなはち仏語をうくるあり、生老(ショウロウ)を為説するに仏語をうくるあり、生老病を為説するに仏語をうくるあり、生老病死を為説するに仏語をうくるあり。
 のちの三をきくもの、いまだはじめの一をはなれず。世間の調馬の触毛をはなれて、触皮肉骨あらざるがごとし。
 生老病死を為説すといふは、如来世尊の生老病死を為説しまします。
 衆生をして生老病死をはなれしめんがためにあらず。生老病死すなはち道(ドウ)ととかず。生老病死すなはち道なりと解(ゲ)せしめんがためにとくにあらず。
 この生老病死を為説するによりて、一切衆生をして阿耨多羅三藐三菩提の法をえせしめんがためなり。
 これ如来世尊、調伏衆生、必定不虚、是故号仏調御丈夫なり。

 正法眼蔵 四馬

建長七年乙卯(キノトウ)夏安居日(ゲアンゴビ)、御草案を以て之を書写し畢(オワル)。懐弉一たび校了す。

【現代語訳】
 今調教に毛皮肉骨に触れるという四つの方法がありますが、毛を除いて皮に触れることはありえないし、毛や皮を除いて肉や骨にふれることもありえません。
 このようなことで、馬には鞭を加えるべきことが知られます。先ほどの涅槃経に鞭が説かれていないのは、文章の説明不足です。多くの経典にはこのような所が多数あります。
 如来、世尊、調御丈夫と呼ばれる釈尊も又そうであり、四つの方法で、すべての人々の心を調え悪を制して、必ず虚しくはないのです。
 その四つとは、
一、生を説いて、すぐに仏の言葉を受け取る人がいる。
二、生、老を説いて、仏の言葉を受け取る人がいる。
三、生、老、病を説いて、仏の言葉を受け取る人がいる。
四、生、老、病、死を説いて、仏の言葉を受け取る人がいる、ということです。
 このように、あとの三つの説法を聞く人も、初めの生の説法を離れることはないのです。それは世間の調教の鞭が、毛に触れないで皮肉骨に触れることはないようなものです。
 仏が生老病死を説くというのは、釈尊の生老病死を人々に説かれるということです。

これは人々に生老病死を離れさせるためでなく、生老病死が仏道であると説くのでもなく、生老病死は仏道であると悟らせるために説くのでもありません。
 この生老病死を説くことによって、すべての人々に無上の悟りの法を得させようというのです。
 これが「仏は人々の心を調え悪を制して必ず虚しいことはない。このために仏を調御丈夫(丈夫の調御者)と呼ぶのである。」ということです。 

正法眼蔵 四馬

 建長七年、夏安居の日に御草案を書写した。懐弉が一度校正をした。
 

《ここで四馬の巻は終わりになるのですが、どうもよく分かりません。
 ここではまず、改めて、馬の調教には鞭を使うべきであると強調されますが、馬の毛に触れないで肉骨に触れることはできないから、だから鞭を使うべきだ、というのが分かりません。物事には順序があって、それを跳びこして「阿耨多羅三藐三菩提」に至ることはない、ということでしょうか。
次の「しかなり」は、調教師に四法があるように、如来、世尊の教えにも四法があって、その順を踏んでということでしょう。

 なお、「如来、世尊、調御丈夫またしかなり」のここの訳は分かりにくいのですが、『全訳注』は「調御大夫といわれる如来なる世尊もまたそうである」と訳しています。
 この「四種の法」は、すでに第三章に詳述されていましたが、だからどうだというのか、先にも書きましたが、そのあたりがよく分かりません。
 また、「如来世尊の生老病死を為説しまします」は、『全訳注』はここの訳と違って「如来なる世尊が生老病死を衆生のために説く」と訳していますが、いずれにしても、何を説明しているのか、よく分からない気がします。
 どうも、様々によく分からないままに、この巻が終わります。
 自分の非力を棚に上げて言うことを許されるなら、これは禅師にとっては未定稿だったのではないでしょうか。
 最後の「生老病死を為説すといふは、…衆生をして生老病死をはなれしめんがためにあらず。…一切衆生をして阿耨多羅三藐三菩提の法をえせしめんがためなり」というのは、現実の生を受け入れて拳々服膺し、そこを突き抜けて「阿耨多羅三藐三菩提の法」を会得せよという教えでしょうか。
 この教えは「現成公案」巻に通じるものであるような気がします。
 末尾、ここには「懐弉一たび校了す」とありますが、『全訳注』には「一たび校了す」の言葉はありません。 

次は「出家功徳」巻を読んでみます。》 

「四馬」巻 おわり

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

「鞭」

 かくのごとくなるがゆゑに、諸仏の所説と菩薩の所説と、はるかにことなり。しるべし、調馬師(チョウメシ)の法におほよそ四種あり。いはゆる、触毛、触皮、触肉、触骨なり。
 これなにものを触毛せしむるとみえざれども、伝法の大士おもはくは、鞭なるべしと解(ゲ)す。しかあれども、かならずしも調馬(チョウメ)の法に鞭をもちゐるもあり、鞭をもちゐざるもあり、調馬かならず鞭のみにはかぎるべからず。
 たてるたけ八尺なる、これを龍馬(リョウメ)とす。この馬ととのふること、人間にすくなし。
 また千里馬(センリメ)といふむまあり、一日のうちに千里をゆく。このむま、五百里をゆくあひだ、血汗をながす。五百里すぎぬれば、清涼(ショウリョウ)にしてはやし。このむまにのる人すくなし、ととのふる法しれるものすくなし。
 このむま、神丹国にはなし、外国(ゲック)にあり。このむま、おのおのしきりに鞭を加すとみえず。
 しかあれども、古徳いはく、調馬かならず鞭を加す。鞭にあらざればむまととのほらず。これ調馬の法なり。
 

【現代語訳】
 このように、諸仏の説と龍樹菩薩の説とは遥かに異なっていますが、調教師の方法にはおよそ四つがあり、それは毛に触れる、皮に触れる、肉に触れる、骨に触れる等であることを知りなさい。
 この涅槃経からは、何を毛に触れさせるのか知られませんが、伝法の大士、龍樹祖師は、「思うにそれは鞭であろう。」 と答えています。しかし、調教の方法に鞭を使う者もあるし、鞭を使わない者もあるのであり、調教には必ず鞭だけを使うとは限らないのです。
 背丈が八尺の馬を龍馬といい、この馬を調教できる人間は少ないのです。
 また千里馬という馬がいて、一日の中に千里走ります。この馬は、五百里走る間は血の汗を流し、五百里を過ぎれば、さわやかで速いのです。この馬も乗りこなす人は少なく、調教の方法を知っている者は少ないのです。
 これらの馬は中国には無く、中国北方の外国にいます。これらの馬は、それぞれむやみに鞭を加えるようには見えません。
 しかし、古人は、「馬の調教には必ず鞭を加えなさい。鞭でなければ馬は調教できない。これが馬を調教する方法である。」と言っています。

《『全訳注』によれば、「諸仏の所説」は先の「阿含の四馬」(第二章)を指し、「菩薩の所説」は「涅槃経の四馬」(第三章)を「指しているらしい」のだそうです。それが「はるかにことなり」と言います。
 この二つの「所説」の違いは、「阿含の四馬」では馬自体が語られ、それが鞭影、毛、肉、骨の順になっているのに対して、「涅槃経の四馬」では調教師の方が語られ、それが毛、皮、肉、骨の順である、という点だと思われますが、それはそんなに大きな違いなのでしょうか。
 以下の話も、よく分かりません。
 「鞭」について見ますと、「触毛、触皮…」について「触毛せしむるは、…鞭なるべし」と一般的な解釈(ここの訳では龍樹と特定していますが、そうでもないようです)を示しながら、しかし「調馬かならず鞭のみにはかぎるべからず」と言い、「龍馬」と「千里馬」を挙げて、鞭のいらない場合を強調しているようですが、終わりのところでは「調馬かならず鞭を加す」と言って「古徳」の言葉を指示しているようで、そのつながりが分かりません。
 ただ、いずれにしても、普通、仏法の教化に当たって実際に「鞭」を使うわけではなく単に比喩なのですから、「調馬」に鞭を使うか使わないかということは、あまり意味のある議論のようには思えないのですが、節穴だからでしょうか。》

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


四種の法

 大経(ダイキョウ)に曰く、
「仏の言(ノタマ)はく、復(マタ)次に善男子(ゼンナンシ)、調馬(チョウメ)の者の如き、凡そ四種有り。一つには触毛(ソクモ)、二つには触皮(ソクヒ)、三つには触肉(ソクニク)、四つには触骨(ソクコツ)。其の触るる所に随って、御者の意に称(カナ)ふ。
 如来も亦爾(シカ)なり、四種の法を以て、衆生を調伏(チョウブク)したまふ。
 一つには為に生(ショウ)を説きたまふに、便(スナハ)ち仏語を受く。其の毛(モウ)に触れて御者の意に随ふが如し。
 二つには生老(ショウロウ)を説きたまふに、便ち仏語を受く。毛皮(モウヒ)に触れて御者の意に随ふが如し。
 三つには生 及び老病を説きたまふに、便ち仏語を受く。毛皮肉に触れて御者の意に随ふが如し。
 四つには生 及び老病死を説きたまふに、便ち仏語を受く。毛皮肉骨に触れて御者の意に随ふが如し。
 善男子、御者の馬を調ふる、決定(ケツジョウ)有ること無し。如来世尊、衆生を調伏したまふ、必定して虚(コ)ならず。是の故に仏を調御(チョウゴ)丈夫と号したてまつる。」
 これを涅槃経の四馬となづく。学者ならはざるなし。諸仏ときたまはざるおはしまさず。ほとけにしたがひたてまつりてこれをきく。
 ほとけをみたてまつり、供養したてまつるごとにはかならず聴聞し、仏法を伝授するごとには衆生のためにこれをとくこと、歴劫(リャッコウ)におこたらず。
 つひに仏果にいたりて、はじめ初発心のときのごとく、菩薩、声聞、人天、大会(ダイエ)のためにこれをとく。このゆゑに、仏法僧宝種(ボウジュ)不断なり。
 

【現代語訳】
 大般(ダイハツ)涅槃経には次のように説かれています。
「仏(釈尊)は言われた。また善男子よ、馬の調教者には、凡そ四つの方法がある。一は毛に触れる。二は皮に触れる。三は肉に触れる。四は骨に触れることである。このように、馬は触れる所に応じて御者の意に叶うのである。
 仏も又このように、四つの法で人々の心を調え、悪を制するのである。
 一は、人々に生(生まれること)を説いて、そこで仏の言葉を受け取る者あり。これは毛に触れて、御者の意に従うようなものである。
 二は、生と老を説いて、そこで仏の言葉を受け取る者あり。これは毛と皮に触れて、御者の意に従うようなものである。
 三は、生と老と病を説いて、そこで仏の言葉を受け取る者あり。これは毛と皮と肉に触れて、御者の意に従うようなものである。
 四は、生と老と病と死を説いて、そこで仏の言葉を受け取る者あり。これは毛と皮と肉と骨に触れて、御者の意に従うようなものである。
 善男子よ、御者の馬の調教は必ず出来るとは限らないが、仏が人々の心を調えて悪を制することには、必ず虚しいことはない。このために仏を調御丈夫(丈夫の調御者)と呼ぶのである。」と。
 これを涅槃経の四馬と言います。仏道を学ぶ者でこれを学習しない人はいませんし、諸仏でこれを説かれない仏は居られません。ですから仏に従ってこの四馬を尋ねるのです。
 仏にお会いし、供養申し上げる度に、必ず四馬を聴聞し、仏法を伝授する度に、人々のためにこの四馬を説いて、永劫に怠ってはなりません。
 そして最後に仏の悟りを得ても、初めて菩提心を起こした時のように、菩薩や声聞、人間界や天上界の法会の人々のために、この四馬を説くのです。これによって、仏法僧の三宝の種子は絶えることが無いのです。
 

《ここでもまた、四馬を比喩として「調伏」の四段階が語られます。
 単なる比喩としてなら、こういう譬え方もあるか、という感じですが、内容的には、生と老と病と死の問題としての順序が、そのまま毛と皮と肉と骨に触れる順序に相当するというところまでの比喩かもしれないと考えると、少し違うのではないかという気がします。
 つまり、毛に触れるというのは、馬が毛に触られるだけで御者の意思のすべてを知る、ということですが、生を教えるだけで生老病死のすべてを理解する、というのは、ちょっと違うのではないか、という感じですし、同様に、生老を説かれて病死を理解するというのも、ちょっと無理な気がします。
 いや、ここはそんな話をしようというところではなくて、ただ、ものごとを察する力にはレベルがある、ということについての例え話をしているだけだと言えば、そうなのでしょうが、…。
 それにしても、ここでも「学者ならはざるなし」と言われますが、どういうことを学べと言われるのか、どうもよく分かりません。まさか、世の中には察しのよい者と悪い者がいるということを知れ、というわけでもないでしょうし、…。
 そもそもこれは、教える側の人への教える心得についての教えなのでしょうか。それとも教わる人への心得なのでしょうか。ここまでは前者のように読めますが、…。》


四種の馬

 雑阿含経(ゾウアゴンキョウ)に曰く、
「仏、比丘に告げたまはく、四種の馬有り、
 一つには鞭影を見て、即便(スナワ)ち驚悚(キョウショウ)して、御者の意に随ふ。
 二つには毛に触るれば、便ち驚悚して、御者の意に随ふ。
 三つには肉に触れて、然(シカ)して後、乃ち驚く。
 四つには骨に徹して、然して後方(ハジ)めて覚(オドロ)く。
 初めの馬は、他の聚落(ジュラク)の無常を聞いて、即ち能く厭(エン)を生ずるが如し。
 次の馬は、己(オノ)が聚落の無常を聞いて、即ち能く厭を生ずるが如し。
 三の馬は、己が親の無常を聞いて、即ち能く厭を生ずるが如し。
 四の馬は、猶(ナオ)己が身の病苦によりて、方めて能く厭を生ずるが如し。」
 これ阿含の四馬(シメ)なり。仏法を参学するとき、かならず学するところなり。真善知識として人中天上に出現し、ほとけのつかひとして祖師なるは、かならずこれを参学しきたりて、学者のために伝授するなり。しらざるは人天(ニンデン)の善知識にあらず。
 学者もし厚殖(コウジキ)善根の衆生にして、仏道ちかきものは、かならずこれをきくことをうるなり。仏道とほきものは、きかず、しらず。しかあればすなはち、師匠いそぎとかんことをおもふべし、弟子いそぎきかんとこひねがふべし。
 いま生厭(ショウエン)といふは、「仏、一音(イットン)を以て法を演説するに、衆生類に随って各(オノオノ)(ゲ)することを得。或は恐怖(クフ)する有り、或は歓喜し、或は厭離(エンリ)を生じ、或は疑(ギ)を断ず。」なり。
 

【現代語訳】
 雑阿含経には次のように説かれています。
「仏(釈尊)は、比丘(出家)たちに告げられた。馬には四種類がある。
 一は、鞭の影を見て、驚いて御者の意に随う馬。
 二は、鞭が毛に触れて、驚いて御者の意に随う馬。
 三は、鞭が肉に触れて驚く馬。
 四は、鞭が骨に達してやっと驚く馬である。
 初めの馬は、よその村人の死を聞いて、世の無常を厭う心を起こすようなものである。
 次の馬は、自分の村人の死を聞いて、世の無常を厭う心を起こすようなものである。
 第三の馬は、自分の親の死を聞いて、世の無常を厭う心を起こすようなものである。
 第四の馬は、自分自身の病苦によって、漸く世の無常を厭う心を起こすようなものである。」と。
 これが阿含経の四馬(四種類の馬)の譬えです。仏法を学ぶ時には、誰もが必ず学ぶべきものです。真の正法の師として人間界や天上界に出現し、仏の使いとして祖師となった者であれば、必ずこの四馬を学んでいて、仏道を学ぶ者のために伝授するのです。ですから、これを知らない者は人間界 天上界の師ではありません。
 仏道を学ぶ者が、もし過去に厚く善根を植えた人々で、仏道に親しければ、必ずこの四馬を聞くことが出来るのです。仏道に疎遠な者は、四馬を聞かず、知ることもないのです。ですから、師匠は急いで説こうと思いなさい。弟子は急いで聞こうと願いなさい。
 先ほどの『世の無常を厭う心を起こす』というのは、『仏は、すべての人々に対して同じように法を説かれるが、人々はそれぞれの因縁に随って、おのおのが理解する。ある者は恐れの心を抱き、ある者は歓喜し、ある者は無常の世を厭い離れる心を起こし、ある者は疑いを断つのである』ということです。
 

《こういうふうに並べられると、ははあ、そういうことを言いたいのかと、不遜ながら、大筋が分かるような気がします。
 そこで私が思うのは、誰しもが第一の馬でありたいと思うに違いないのだけれども、ではどうやったら第四から第三に、また第二になれるのか、ということですが、そういうことに答えてもらえるのでしょうか。それとも、それもまた、「聖黙」によって応じられるのではないかと、心配になります。
 かの唐木先生は講義の中で、禅僧は「絶言詮」などと言っているが、実は禅僧ほど多く語っている僧も少ないと、やや冗談めかして言われましたが、さて、以下、四馬の比喩の意味が語られています。
 しかし、その比喩は分かりますが、その上で、「四馬」を「参学」するとは、一体何を学べというのでしょうか。
 四つの馬、四つの段階があるということ自体は、学ぶも何も、そういう分類をすれば、そういうことであるのは論を待たないことでしょう。
 すると、何を学べと? そういう四種類はそのまま四段階であるようですから、おのおの修行して第一の馬のようであれ、ということでしょうか。そうだとすれば、冒頭に『全訳注』が「内容も簡明である」と言っていることを紹介しましたが、確かにそう言えそうです。
 終わり近くの「いま生厭といふは」以下は、原文は漢文で、補足説明のような形になっているところで、前節後半に繰り返された「即ち能く厭を生ずる」を説明して、教えは同じでも、教えを受ける人によってその「厭」が、「恐怖」、「歓喜」、「厭離」、「疑」になるという相違がある、ということのようです。
 しかしこれもよく分かりません。「厭」の中に、「歓喜」があるというのも変ですし、第一、この話は、これだけで終わって、次は「調馬」の話になります。何のための説明かと思いますが、ふと気になっての全くの「補足説明」ということでしょうか。


にほんブログ村 本ブログ 古典文学へにほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ


2 聖黙聖説

 祖師西来よりのち、いまにいたるまで、諸善知識おほくこの因縁を挙(コ)して、参学のともがらにしめすに、あるひは年載をかさね、あるひは日月(ジツゲツ)をかさねて、ままに開明し、仏法に信入するものあり。これを外道問仏話と称す。
 しるべし、世尊に聖黙聖説(ショウモクショウセツ)の二種の施説(セセツ)まします。これによりて得入するもの、みな如世間良馬見鞭影而行(ニョセケンリョウメベンエイニギョウ)なり。聖黙聖説にあらざる施説によりて得入するも、またかくのごとし。
 樹祖師曰(イワ)く、「人の為に句を説く、快馬(カイバ)の鞭影を見て、即ち正路(ショウロ)に入るが如し。」
 あらゆる機縁、あるひは生不生(ショウフショウ)の法をきき、三乗一乗の法をきく、しばしば邪路(ジャロ)におもむかんとすれども、鞭影しきりにみゆるがごときは、すなはち正路にいるなり。
 もし師にしたがひ、人にあひぬるがごときは、ところとして説句にあらざることなし、ときとして鞭影をみずといふことなきなり。
 即座に鞭影を見るもの、三阿僧祇(アソウギ)をへて鞭影をみるもの、無量劫(ムリョウコウ)をへて鞭影をみ、正路にいることをうるなり。
 

【現代語訳】
 祖師 達磨が中国に来てから今日に至るまで、多くの正法の師がこの因縁を取り上げて、仏道を学ぶ仲間に示し、ある者は年数を重ねて、又ある者は月日を重ねて悟りを開き、仏法に入信しました。これを外道問仏の話と言います。
 この話から、世尊には聖なる沈黙と聖なる言説という二つの説法があることを知りなさい。これによって悟る者は、皆鞭の影を見て道を行く良馬なのです。聖なる沈黙と聖なる言説以外の説法によって悟る者も、また同様なのです。
 龍樹祖師の言葉に、「人のために教えを説くことは、優れた馬が、鞭の影を見て正しい道を行くようなものである。」とあります。
 世のあらゆる機会因縁の中で、或は仏法の生 不生の教えを聞き、或は三乗(声聞の乗り物、縁覚の乗り物、菩薩の乗り物)一乗(仏の乗り物)の教えを聞けば、たびたび邪道に向かいそうになっても、その教えの鞭の影が頻りに見えて、正しい道を行くようになるのです。
 そして、もし正法の師に会って付き従うならば、場所として説法の言葉でないものはなく、時として教えの鞭の影を見ないということはないのです。
 このように、ただちに鞭の影を見て、或は三阿僧祇という時を経てから鞭の影を見て、或は無量劫という長い時を経てから鞭の影を見て、正しい道に入ることが出来るのです。
 

《まずは概説です。
 元来、釈尊の教え方には、言葉で話して聞かせるやり方と、黙って教えるやり方があった、と言います。
 後に、「聖黙聖説にあらざる施説」というのがあって、全部で三つの教え方があるようです。「聖説」は文字通り、説いて教える、「聖黙」は言葉ではない形で教える、いわば態度で教えるというようなことだろうと思われますが、それと「聖黙聖説にあらざる施説」(これを『提唱』が「態度、行ないをもって教える」としています)とはどう違うのか、よく分かりません。
 将棋の羽生九段の全盛期には、対局中に九段がため息をつくと、相手の人が、自分の指した手が愚かしい手で、一局を汚されたという嘆きのため息ではないかと、不安になった、という逸話がありますが、これは何かを教えようとしての振る舞いではなかったわけで、こういうことを、教えようしての態度を作る「聖黙」と区別して「聖黙聖説にあらざる施説」と言うのかも知れません。
 かの「外道」は「有言を問はず、無言を問はず」ということで問うたのですから、釈尊も「聖黙」や「聖説」で答えたわけではないでしょうから、「聖黙聖説にあらざる施説」だったのかも知れません。
 しかし、ここではそういうことは問題にされず、その「外道」が何かを察して、喜んで去って行った、つまり何らかの教えを受け、答えを得て帰っていったということ自体が問題にされているようです。
 それはあたかも、「快馬の鞭影を見て、即ち正路に入るが如し」である、…。


プロフィール

ikaru_uta

カテゴリー
  • ライブドアブログ