『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

三 龍樹「大智度論」3

2 出家戒~3 酔婆羅門

 復次に、仏祇園に在(マシマ)すが如き、一(ヒト)りの酔婆羅門有って、来りて仏の所(モト)に到り、比丘と作らんことを求む。仏阿難に勅して、剃頭(テイヅ)を与え法衣を著(キ)せしむ。
 酔酒既に醒めて、己が身忽に比丘と為ることを驚怪して、即便(スナワ)ち走り去りぬ。諸の比丘、仏に問ひたてまつらく、「何を以てか、此の婆羅門を聴(ユル)して、比丘と作したまふ。」
 仏言(ノタマワ)く、「此の婆羅門は、無量劫(ムリョウゴウ)の中に初めより出家の心無し。今酔に因るが故に、暫く微心を発す。此の因縁を以ての故に、後に当に出家得道すべし。」
 是(カク)の如くの種々の因縁ありて、出家の功徳無量なり。是(コレ)を以て白衣(ビャクエ)に五戒有りと雖も、出家には如かず。
 

【現代語訳】
 また次に、仏(釈尊)が祇園精舎にまします時に、一人の酔った婆羅門が仏の所にやって来て、僧になりたいと願い出た。そこで仏は、阿難に命じて婆羅門の髪を剃り、僧の衣を着せてあげた。
 その婆羅門は酔いが醒めると、自分の姿が突然 僧に変わっていることに驚いて 走り去ってしまった。それを見た仏の弟子たちは、仏にお尋ねした。「世尊は、なぜこのような婆羅門を受け入れて僧にされたのでしょうか。」
 仏の言うことには、「この婆羅門は、遠い昔から出家の心など起こしたことは無かったが、今 酔ったことで、ほんの少しだけその心を起こしたのだ。彼は帰ってしまったが、僧になったこの因縁によって、後にはきっと本当に出家して 仏道を悟ることであろう。」と。
 このような様々な因縁にあるように、出家の功徳は無量なのである。これによって在家には五戒があるが、それは出家の戒に及ばないと言うのである、と龍樹菩薩は説いている。
 

《巻頭からここまでが、龍樹の「大智度論」からの引用です。
 前の優鉢羅華比丘尼の話とよく似た、本人にはその気はなかったのに、その振る舞いに仏がその信仰を認めて(?)法恩を与えた、という話です。酔余の座興は仏に対する冒涜とも言われかねないでしょうが、こちらはそれよりは少しはましに思われます。
 以前ブログ「徒然草~人間喜劇つれづれ」にすでに書いた話ですが、昔、我が家には父が弟に買った『仏教童話全集』というものがあって、たまたま私が読んで、今でも心に残っている話があります。少し長いですが。
 ある時釈迦が弟子を連れて町を歩いていると、いつものように多くの人々が彼を慕って集まってきました、その中に老婆を背負って近づいた若者がいます、聞くと足の悪い母が一目釈迦を拝みたいというのでおぶって来たのだと言います、釈迦は孝行者だと褒めて弟子に言って褒美を与えさせました。
 その後またある日同じように釈迦が町を歩いていると、別の若者が同じように老婆を背負っていて同じように言います、そこで釈迦が同じように褒美を与えようとすると、周りの弟子がそれを引き留めて、この若者は町のならず者で、先日の件を聞いて褒美ほしさに元気な母の足をわざと薪で打って立てなくさせてこうしておぶって来ているのだと教えました、しかし釈迦はそれでもよいから褒美を与えよと言った、という話です。
 長い間、私には理解できない話でしたが、何時の頃からか、絶対の善の前には、その動機などどうでもよいという話なのだろうと考えるようになりました。逆に、あまりに生真面目であることは、かえって道の妨げになりかねない、とも言えましょうか。
 ところで、ここの訳の初めのところに「着せてあげた」とあります。一昔前なら必ず「着せてやった」というところ、この頃は、ペットにでも「…してあげた」と言います。この御老師にしてそうとなると、けっこう以前からそういう傾向があったのかと驚きました。


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1 出家戒~2 優鉢羅華比丘尼本生経の話

 復次に、仏法の中の出家人、破戒して罪に堕すと雖も、罪畢(オワッ)て解脱を得ること優鉢羅華(ウッパラゲ)比丘尼本生経(ホンショウキョウ)の中に説くが如し。仏在世の時、此の比丘尼、六神通阿羅漢を得たり。
 貴人の家に入って、常に出家の法を讃(ホメ)て、諸の貴人婦女に語て言(イワ)く。
「姉妹出家す可し。」
 諸の貴婦人言く、「我等少壮にして、容色盛美なり、持戒を難しと為(ナ)す、或は当に破戒すべし。」
 比丘尼の言く、「戒を破せば便ち破せよ、但(タダ)出家すべし。」
 問うて言く、「破戒せば当に地獄に堕す、云何(イカン)が破す可き。」
 答えて言く、「地獄に堕せんことは便ち堕すべし。」
 諸の貴婦女之を笑て言く、「地獄にしては罪を受く、云何が堕す可き。」
 比丘尼言く、「我自ら宿命(シュクミョウ)に本づいて憶念する時、戯女(ケニョ)と作(ナ)りて種々の衣服を著(ジャク)して而して旧語を説く。或る時比丘尼衣(ビクニエ)を著して、以て戯笑(ケショウ)を為す。是の因縁を以ての故に、迦葉仏の時に、比丘尼と作(ナ)る。
 自ら貴姓(キショウ)端正なるを恃(タノ)んで心に驕慢を生じて而して禁戒を破す。破禁戒罪の故に、地獄に堕して種々の罪を受く。受け畢(オワッ)て竟(ツイ)に、釈迦牟尼仏に値(ア)うて出家し、六神通阿羅漢道を得たり。
 是を以ての故に知りぬ、出家受戒せば、復破戒すと雖も、戒の因縁を以ての故に、阿羅漢道を得。若し但(タダ)悪を作(ナ)して戒の因縁無からんには、道を得ざるなり。
 我(スナワ)ち昔時(ソノカミ)、世世に地獄に堕し、地獄より出ては悪人為(タ)り。悪人死して還(マ)た地獄に入る、都(スベ)て所得無し。今此れを以て証知するに、出家受戒は、復破戒すと雖も、是の因縁を以て、道果を得可し。
 

【現代語訳】
 また次に、仏法の中で出家した人が、破戒して罪に堕ちても、罪が終われば解脱を得ることは、優鉢羅華比丘尼本生経の中に説かれている通りである。この尼僧は、釈尊在世の時に、六神通と聖者の悟りを得たのである。
 この尼僧は、貴人の家に入っては いつも出家の修行を褒めたたえて、貴婦人たちに次のように語って出家を勧めたのである。
 尼僧、「どうぞ、あなたがた出家しなさい。」
 貴婦人、「私らはまだ若くて見目麗しいので、出家の戒を保つことは困難です。きっと戒を破ってしまうことでしょう。」
 尼僧、「戒を破ってしまうのなら 破ってもいいのですよ。ですから出家しなさい。」
 貴婦人、「しかし戒を破れば地獄に落ちるのでしょう。どうして破っていいものでしょうか。」
 尼僧、「地獄に落ちるのなら落ちればいいのですよ。」
 貴婦人たちは、これを聞いて笑って言うに、「地獄では罰を受けるのでしょう。どうして落ちていいものでしょうか。」
 そこで尼僧は次のような話しをした。
「私は、自分の前世を思い起こすと、遊女になっていろいろな服を着て、お客に親しく声をかけていたことがあります。そんなある時、尼僧の衣を着けて笑いふざけたことがありました。この因縁によって、私は迦葉仏が世に出られた時に、出家して尼僧となったのです。
 しかし、自分が高貴な生まれであることや、容姿が美しいことに慢心して、出家の禁戒を破りました。その後、禁戒を破った罪によって私は地獄に落ち、様々な罰を受けました。罰を受け終わると、私はついに釈迦牟尼仏に出会って出家し、六神通と聖者の悟りを得たのです。
 この経験から分かったことは、出家して戒を受ければ、たとえ破戒したとしても、戒を受けた因縁によって聖者の悟りが得られるということです。もしただ悪事をなすばかりで、出家の戒を受ける因縁が無ければ、解脱の道は得られないのです。
 私はその昔、世に生まれる度に地獄に落ち、また地獄を出ては悪事をなす人間でした。悪人は、死んではまた地獄に入って、まったく利益がありません。今、これを振り返って分かったことは、出家して戒を受ければ、たとえ破戒したとしても、戒を受けた因縁によって、仏道の悟りを得ることが出来るということです。」
 

《前節までは、出家したことによる功徳が語られていましたが、この話は、出家への志は、それがどんなに小さな思いであっても聞き届けられる、という話のようです。
 「功徳」には二つの意味があって、例えば出家功徳と言えば、一つは出家したことによって得られる果報を意味し、もう一つは出家することができるように積む善行を意味するようです。そしてここから後の話はしばらくその第二の「功徳」が語られます。
 ここはずいぶん長い文章になりましたが、実は、この話は『大智度論』という書の「十三」からの引用で、そのまますでに「袈裟功徳」巻第二十章で紹介されていました。普通の対話劇としてもやりとりの面白い話であり、また教えとしてもいい話だと思い、そこでいろいろと書きました。その時の読後感から多く変わるところはありませんので、終わりのところは「袈裟功徳」というよりむしろ「出家功徳」の話になっているということだけ、繰り返しておいて、ここはこれで措くことにします。》


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