『正法眼蔵』を読んでみます

      ~『現代語訳の試み』と読書ノート

超難解との誉れ(?)高い書『正法眼蔵』を読んでみます。
説いて聞かせようとして書かれたものである、
という一点を信じて、…。

深信因果

因果の道理、歴然としてわたくしなし

 おほよそこの因縁に、頌古(ジュコ)拈古(ネンコ)のともがら三十余人あり。一人としても、不落因果これ撥無因果なりとうたがふものなし。あはれむべし、このともがら、因果をあきらめず、いたづらに紛紜(フンウン)のなかに一生をむなしくせり。
  仏法参学には、第一因果をあきらむるなり。因果を撥無するがごときは、おそらくは猛利の邪見をおこして、断善根とならんことを。
 おほよそ因果の道理、歴然(レキネン)としてわたくしなし。造悪のものは堕し、修善(シュゼン)のものはのぼる、毫釐(ゴウリ)もたがはざるなり。
 もし因果亡じ、むなしからんがごときは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず、おほよそ衆生の見仏聞法(モンポウ)あるべからざるなり。
  因果の道理は、孔子老子等のあきらむるところにあらず、ただ仏仏祖祖あきらめつたへましますところなり。澆季(ギョウキ)の学者薄福にして、正師(ショウシ)にあはず、正法をきかず。このゆゑに、因果をあきらめざるなり。
 撥無因果すれば、このとがによりて、莾莾(モウモウ)蕩蕩として殃過(オウカ)をうくるなり。撥無因果のほかに、余悪いまだつくらずといふとも、まづこの見毒はなはだしきなり。
 しかあればすなはち、参学のともがら、菩提心をさきとして、仏祖の洪恩を報ずべくは、すみやかに諸因諸果をあきらむべし。

 正法眼蔵 深信因果

 彼の御本の奥書きに云く、建長七年乙卯(キノトウ)夏安居の日、御草案を以て之を書写す。未だ中書の清書に及ばず、定めて再治すべき事有り。然りと雖も之を書写す。懐弉

 

【現代語訳】
 およそ、この百丈禅師の因縁話に対して、称揚の言葉や評釈を述べた仲間は、三十人余りありますが、一人として、「因果に落ちない」という言葉が因果を否定するものであると疑う者はありません。哀れなことです、この者たちは因果の道理を明らかにしないで、いたずらに混乱した考えの中で、一生を空しく送っているのです。
 仏法を学ぶには、まず第一に因果の道理を明らかにすることです。因果を無視する者は、おそらく甚だ悪しき考えを起こして、自らの善根を断つことになるでしょう。
 およそ因果の道理は明白であり、私心の入る隙はないのです。悪をなす者は堕ち、善を修める者は昇るのです。この道理は毛筋ほども食い違うことはありません。
 もし因果が無く、その道理が空しいものであれば、諸仏が世に出ることもなく、祖師達磨がインドからやって来て法を伝えることもなく、だいたい人々が仏に見えて法を聞くこともなかったのです。
 この因果の道理は、孔子や老子などが明らかにしたのではありません。ただ諸仏や祖師だけが明らかにして伝えてこられたのです。末世に学ぶ者は、不幸にして正法の師に会わず、正法を聞くこともありません。このために因果の道理を明らかに出来ないのです。
 因果を無視すれば、この咎によって限りなく多くの災いを受けるのです。因果を無視することの他に悪をなさなくても、まずこの誤った考えによる害毒が甚だしいのです。
 ですから仏道を学ぶ仲間は、菩提心(道心)を第一にして、仏祖の大恩に報いるために、速やかに諸々の因、諸々の果を明らかにしなさい。

 正法眼蔵 深信因果
 
 その御本のあとがきに言う。建長七年、夏の修行期間中に、御草案を書写した。
まだ中書の清書がされていないので、必ず再検討すべきものである。そうではあるが、これを書写した。

                                        懐弉

《初めにおことわりを。昨日投稿後、考え直して、前節の終わりを少し書き直しました。ご関心の向きは覗いてみて下さい。
 さて、因果の道理の肝要なることを語ってこの巻を終わりますが、それは分かったとして、それと坐禅の関係は、どういうことになるのでしょうか。
 坐禅が最も優れた「因」となるということでしょうか。いや、「供養諸仏」こそが、そうだったのではないか、…。
 終わりの「彼の御本の」以下のことがよく分かりません。その「奥書き」に書いてあったのは、以下のどこまでのことなのでしょうか。このまま読むと、懐弉自体が写本を見ながら書写したことになりそうですし、「中書の清書」もよく分からない言葉です。
 ただし『全訳注』のこの部分は「彼の御本の奥書きに云く」の句がなく、また「中書・清書」とあって、それならすっきりします。
 ところで、ここの主旨には関係ありませんが、「おほよそ因果の道理、歴然としてわたくしなし」は懐かしい言葉です。
 これは「修証義」にそのまま取り込まれている一節ですが、昔、母が自分の母の年忌法要に実家に行くことになった折、一緒に行くことをねだった私に、父が、法要では「修証義」が読まれるだろうから、その第一巻が読めたら行かせてやると言うので、本堂で何度か練習しましたが、その中で、何故か記憶に残っている一節です。
 実際の法要の際には、「修証義」の全巻が読まれて、第二巻から後は不安に思いながらついて行ったのでした。 

次は「四禅比丘」巻を読んでみます。》

「深信因果」巻 おわり。


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魚行けば水濁り、鳥飛べば毛落つ、

夾山(カッサン)の圜悟(エンゴ)禅師克勤(コクゴン)和尚、頌(ジュコ)に云く。
 「魚行けば水濁り、鳥飛べば毛落つ、
  至鑑逃れ難く、太虚寥廓(リョウカク)たり。
  一たび往(ユキ)て迢迢(チョウチョウ)たり五百生、只因果の大修行に縁る。
  疾雷山を破り、風海を震はす、百錬の精金色改まらず。」
 この頌(ジュ)なほ撥無因果のおもむきあり、さらに常見のおもむきあり。
 杭州径山(キンザン)の大慧(ダイエ)禅師宗杲(ソウコウ)和尚、頌に云く。
 「不落不昧、石頭土塊、
   陌路(ハクロ)に相逢ふて、銀山粉砕す。
  拍手呵呵笑ひ一場、
  明州(ミンシュウ)に箇の憨布袋(カンホテイ)有り。」
 これらをいまの宋朝のともがら、作家(サッケ)の祖師とおもへり。しかあれども、宗杲が見解(ケンゲ)、いまだ仏法の施権(セゴン)のむねにおよばず、ややもすれば自然見解のおもむきあり。
 

【現代語訳】
 夾山の圜悟禅師克勤和尚が、百丈和尚を称揚した言葉に、
 「魚行けば水が濁り、鳥飛べば毛が落ちる。
  因果の法は、すぐれた鏡がすべてを映すように逃れ難く、大空が広々と開けているように明らか
 である。
  一たび野狐に堕ちて久しく五百生を重ねたことは、ただ因果の大修行であった。
  激しい雷が山を壊し、風は海を震わしたが、よく精錬した金の色は変わることがなかった。」
とあります。
 この言葉には、依然として因果を無視する趣きがあり、更に常見(恒常で変わらぬものという見解)の趣もあります。
 また杭州径山の大慧禅師宗杲和尚が称揚した言葉には、
 「因果に落ちないと答えても、因果を昧まさないと答えても、それは石ころと土くれほどの違いで 
 かない。
  ただ路上で百丈和尚に出会ったことで、五百生の野狐身を粉砕したのだ。
  この話を聞いて、手をたたいて大笑したのは、
  明州の愚鈍な布袋和尚である。」
とあります。
 これらの人を、今の宋国の仲間は優れた祖師と思っています。しかしながら宗杲の見解は、未だ仏法の方便の教えにも及びません。ややもすれば自然見解(全てを無因と見ること)の趣さえ窺われます。

 

《ここの二つの頌は、いずれも因果の法を認めているように見えるのですが、禅師は「撥無因果のおもむき」がある、と言います。
 『全訳注』は前章からの三つの頌をまとめて「道元には、そのいずれも意に充たないものであったらしく、それらを批判して、もって結びとしている」と言います。
 圜悟の頌の後段、「疾雷山を破り、…」は、野狐となった老人には様々なことがあったが、その中で因果の法は生き続けていた、というような意味と解すれば、この部分は、「因果不昧」と考えられます。
 前段の、「魚行けば水濁り、鳥飛べば毛落つ」も、因果そのもののようですが、それは因果と言うよりも、「自然」を言う、ということで、ここが禅師の批判となっている、ということでしょうか。
 大慧の頌はどうでしょうか。初めの二句は「不落不昧」を「石頭土塊」だというのですから、まったく「撥無因果」そのものと言えそうです。
 後半の「拍手呵呵」が前章の宏智の「阿呵呵」を指すのだとすれば、それを「憨布袋(愚鈍な布袋和尚)」になぞらえていることからして、宏智を否定していることになりそうでから、そうすると禅師の考えに沿うものであるように見えて、前半と相違します。
  もっとも、その憨布袋」こそが実は真実の人だったのだと言っているとも読めます。そうすると、圜悟の「豁達の空」に通じることになりそうで、終わりの「自然見解」に一致します。
 というわけで、禅師は、この三人、宏智、圜悟、径山をまとめて、否定して、次節が結びとなります。》

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宏智古仏、かみの因縁を頌古するに云く

宏智(ワンシ)古仏、かみの因縁を頌古(ジュコ)するに云く、
「一尺の水、一丈の波、五百生前を奈何(イカン)ともせず。
 不落不昧を商量するや、依然として葛藤窠(カットウカ)に撞入(トウニュウ)す。
 阿呵呵(アカカ)、会(エ)す也。
 若し是れ儞(ナンジ)洒洒落落たらば、我が哆哆(タタ)和和を妨げず、
 神歌社舞自(オノ)ずから曲を成し、手を其の間に拍して哩囉(リラ)を唱う。」
 いま不落不昧商量也(ヤ)、依然撞入葛藤窠の句、すなわち不落と不昧とおなじかるべしといふなり。
 おほよそこの因果、その理いまだつくさず。
 そのゆゑいかんとなれば、脱野狐身は、いま現前せりといへども、野狐身をまぬかれてのち、すなはち人間に生ずといはず、天上に生ずといはず、および余趣に生ずといはず。人のうたがふところなり。
 脱野狐身のすなはち善趣にうまるべくは、天上人間にうまるべし。悪趣にうまるべくは、四悪趣等にうまるべきなり。脱野狐身ののち、むなしく生処(ショウショ)なかるべからず。
 もし衆生死して性海(ショウカイ)に帰し、大我に帰すといふは、ともにこれ外道の見なり。
 

【現代語訳】
 宏智(正覚)古仏(尊称)が、最初の百丈禅師の因縁話を称揚して言うには、
「一尺の水が一丈の波となるように、五百生以前の因果によって野狐となったことは如何んともしがたい。
 それを因果に落ちないのか、因果を昧まさないのかと論議しても、依然として文字や言葉に捕らわれるばかりである。
 あっはっは、笑止なことだ。これが分かったか。
 もしお前たちが、全てのこだわりをきれいさっぱりと落してしまえば、私の赤子の泣き声を邪魔にせず、
 豊作を祝う祭りが自然に歌い舞われて、共に手をうち囃して歌うことであろう。」と。
 この中の「因果に落ちないのか、因果を昧まさないのかと論議しても、依然として文字や言葉に捕らわれるばかりである。」という言葉は、因果に落ちないと言っても昧まさないと言っても、同じようなものであると言うのです。
 ただこの因果の話は、まだその道理を尽くしているとは言えません。
 何故ならば、野狐の身を脱け出ることは、今出来たけれども、野狐の身を脱け出て後に、人間に生まれたとも言わないし、天上に生まれたとも言わないし、さらに他の所に生まれたとも言わないのは、人の疑問とするところです。
 野狐の身を脱け出て、よい世界に生まれるべき者は、天上や人間に生まれることでしょう。悪い世界に生まれるべき者は、地獄、餓鬼、畜生、修羅などに生まれるのです。野狐の身を脱け出て後に、どこにも生まれる所が無いということはありません。
 もし衆生は死んで本性の海に帰り、大我に帰ると言うのなら、それは外道の考えです。
 

《ここは三つの話が並んでいて、始めの宏智の見解は、禅師の考えとは全く違っていて、あえて言えば、前章の「豁達の空」の例話とさえ言えそうな話です。
 もちろん宏智の話ですから「『修』のないままの『空』」というようなことはないわけですが、禅師の目から見ると、そう見えるのではないか、…。しかし、それに対する禅師の批評・評価は語られていないように見えます。
 後段は、あの野狐の話は、十分には検討されていない、未完成の話だという話です。
 野狐は、あの話の後、人間になったのか、天上に生まれたのか、あるいは「悪趣」に生まれたのか、話は終わりまで語っていない、と言います。そう言われれば確かにそうですが、しかし、「大悟し」たとあったのですから、理屈としてはそうであっても、普通には、天上ではないまでも、人間には生まれ変わった、と考えてよさそうなもので、ここであらためて問題にする必要はない話のように思われますし、仮に問題だとしたら、だからどうだという禅師の見解が語られていません(不落不昧の問題は、この狐の話では解けないのだ、と言っているとも考えられるかもしれませんが)。
 また、最後の一文は、前の二つの話とはほぼ関係が無く、先の第六章の話の結びとでもすべきもので、つまり、ここの三つの話はバラバラでつながりを持たないようにみえます。
 思うに、禅師はここに、自分の見解とは異なる、しかし有力な先達の見解と、もう一つ全く別の問題点を、後日の課題にメモとして残した、ということなのではないでしょうか。》


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豁達の空は因果を撥う

永嘉真覚(ヨウカシンガク)大師玄覚和尚は、曹谿の上足なり。もとはこれ天台の法華宗を習学せり。左谿玄朗大師と同室なり。涅槃経を披閲(ヒエツ)せるところに、金光(コンコウ)その室にみつ。ふかく無生(ムショウ)のさとりをえたり。すすみて曹谿に詣し、証をもて六祖にまうす。六祖つひに印可す。
 のちに証道歌をつくるにいはく、
「豁達の空は因果を撥(ハラ)う、莾莾(モウモウ)蕩蕩として殃過(オウカ)を招く。」
 あきらかにしるべし、撥無因果は、招殃過(ショウオウカ)なるべし。
 往(オウダイ)は、古徳ともに因果をあきらめたり。近代には、晩進みな因果にまよへり。
 いまのよなりといふとも、菩提心いさぎよくして、仏法のために仏法を習学せんともがらは、古徳のごとく因果をあきらむべきなり。因なし、果なしといふは、すなはちこれ外道なり。
 

【現代語訳】
 永嘉真覚大師玄覚和尚は、曹谿(大鑑慧能)の高弟で、もとは天台の法華宗を学び、左谿玄朗大師(天台の第八祖)と同門の人です。あるとき涅槃経を読んでいると、金色の光がその部屋に満ちて、深く無生の悟りを得ました。そこで自ら曹谿に詣でてその悟りを六祖(慧能)に申し上げると、六祖は遂に印可(認証)しました。
 後に証道歌を作って言うことには、
「何事にもこだわらない空の心は、因果の法を払いのけてしまう。それは限りなく多くの災いを招く。」 と。
 明らかに知ることです、因果を無視すれば、災いを招くことになるのです。
 昔は、仏や祖師となられた方々は皆 因果の道理を明らかにしました。しかし近頃では、後進の者が皆 因果の道理に迷っています。今日の世であっても、菩提心(道心)を清らかにして、仏法のために真実に仏法を学ぼうと志す仲間ならば、いにしえの仏祖のように因果の道理を明らかにすることが出来るのです。原因も無く結果も無いというのは外道です。
 

《「涅槃経を披閲せるところに、金光その室にみつ」という奇蹟はどこかで読んだような気もしますし、興味深いエピソードですが、禅師にとっては、立派な人であることを証明する単なるエピソードにすぎないらしく、それには触れないままに、その人の作った証道歌の一節に話が進みます。
 「莾莾」は、『漢語林』を見ますが、「莽」はあるものの、「莾」はありません。意味は、コトバンク(やはり「莽」ですが)に「 草深いさま。草や毛髪などが生え乱れているさま。② 広々として大きいさま。また、奥深いさま」として②の方にこの部分が例文として載っています(一部相違があります)。「蕩蕩」もほぼ同様の意味のようです。
 「殃過」は二字とも「災い」の意です。
 しかし問題は前半の「豁達の空は因果を撥う」で、この詩句は、どういう意味かというと、…?
 「空」の読み方は「クウ」で、直訳すれば、ここの訳でいいのでしょうが、普通、「豁達」はいい意味でつかわれることの多い言葉ですが、それがどうして「因果を撥う」という好ましくないことになるのか、…。
 因果というのは物事に原因と結果の関係を求めることを言うのでしょうが、「豁達の空」というのは、そういう関係性にこだわらず、起こることをそのままに受け入れて過ごす、あっけらかんとした心のありようを言うのでしょうか。
 そうだとすれば、「仏法を修習せざれども、自然に覚海に帰す」のでさえ「断見」である(前章)のですから、「修」のないままの「空」は本当の空っぽなのであって、幼児の絵(第五章)と同じ、と言っても変ではありません。
 途中、「無生」は「涅槃は生滅を離れたものであることをいう」(『全訳注』)のだそうです。また、「生じることがないこと。生滅変化しないこと。また、生じたり変化したりする迷いを超えた絶対の真理、 または悟り」(goo国語辞書)ともあります。



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因果を破せば、則今世後世無けん

 龍樹祖師云く、「外道人(ゲドウニン)の如く世間の因果を破(ハ)せば、則(スナハチ)今世後世(コンセゴセ)無けん。出世の因果を破せば、則三宝四諦(シタイ)四沙門果無けん。」
 あきらかにしるべし、世間出世の因果を破するは、外道なるべし。今世なしといふは、「かたちはこのところにあれども、性(ショウ)はひさしくさとりに帰せり。性すなはち心なり、心は身とひとしからざるゆゑに。」
 かくのごとく解(ゲ)する、すなはち外道なり。
 あるいはいはく、「ひと死するとき、かならず性海(ショウカイ)に帰す、仏法を修習せざれども、自然(ジネン)に覚海に帰すれば、さらに生死の輪転なし、このゆゑに後世なし。」といふ。これ断見の外道なり。
 かたちたとひ比丘にあひにたりとも、かくのごとくの邪見あらんともがら、さらに仏弟子にあらず、まさしくこれ外道なり。
 おほよそ因果を撥無(ハツム)するより、今世後世なしとはあやまるなり。因果を撥無することは、真の知識に参学せざるによりてなり。真の知識に久参するがごときは、撥無因果等の邪解(ジャゲ)あるべからず。龍樹祖師の慈誨(ジカイ)、ふかく信仰したてまつり、頂戴したてまつるべし。
 

【現代語訳】
 龍樹祖師が言うことには、「外道の人のように世間の因果を否定すれば、今の世も後の世も無いことであろう。また出世間(出家)の因果を否定すれば、三宝(仏 僧)も、四諦(苦集滅道の真理)も、四沙門果(四種の聖者の悟り)も無いことであろう。」と。
 明らかに知ることです、世間や出世間の因果を否定する者は外道なのです。今の世は無いと考える者は、「身体はこの世にあるが、その本性は久しく悟りの世界に帰属している。本性とは心のことであり、心は身体と同じものではない。」と言います。このように考える者は外道です。
 またある者は、「人は死ぬと、必ず性海(本性の海)に帰る。仏法を修行し学ばなくても、自然に悟りの性海に帰るので、決して生死輪廻(苦界に生まれ変わり死に変わりし続けること。)することは無い。このために後の世は無い。」と言う。
 これは断見(全ては死後に断滅するという見解)の外道の考えです。
 姿はたとえ出家に似ていても、このような誤った考えを持つ仲間は、全く仏弟子ではありません。まさしくこれは外道です。
 およそ因果の道理を無視するから、今の世も後の世も無いと誤るのです。因果を無視することは、まことの師に学ばないことが原因なのです。まことの師に久しく学ぶ者であれば、因果を無視する等の誤った見解はありえません。ですから、龍樹祖師のこの慈悲の教えを深く信じ、頂戴申し上げなさい。
 

如来の正法」を否定する考え方を禅師が批判します。
 「たとひ一千生、一万生をしるとも」、また「すでに八万劫をしる」(前節)とも、それが感慨にすぎないような我流の理解である限りは、ただの感慨にすぎない、そういう理解を、それでも一つの理解だと思うような人は、結局現世の範囲で物事をとらえているのであって、そういう理解の中からは、何の救いも悟りも生まれてはこない、…。
 そういう人が「八万劫」を考えようとすると、「心は身とひとしからざる」もので、「身」は現世だけのものだが、「心」は「八万劫」に渡るものだ、などという考えを持ち出すのだが、それこそは「外道」というものである、…。
 また別の論があったようです。
 「性海」というのは「真如の世界。仏の悟りのすべてである真如の深く広いことを海にたとえたもの」(コトバンク)だそうで、人は死ぬと自然にそこに帰っていく、という教えが、当時それなりに力のある教えとしてあったのでしょう。
 そういう世界があるなら、別に「次世、次次世」や「因果」などを考える必要はないわけですが、禅師は、もちろんその考えを断固否定します。
 しかし、今、私を含めて、この二十一世紀に「次世」や「因果」を真面目に信じる人はまれなのではないでしょうか。では、逆に、禅師は何故それを信じなければならなかったのか、と考えてみます。
 もし人に現世しかないのだとしたら、死後の評価ということを除けば、一人の人にとって、その生は死によって一切が終わることになります。それなら、苦悩も悲哀も現世だけのものだと思えば、まあいいか、ということにできないことはなさそうです。
 しかし、まあいいか、と振り切ってしまえない苦悩や悲哀を抱えた人は、次の生における解決を求めざるを得ないのではないでしょうか。
 つまり、「次世」や「因果」を信じる度合いは、苦悩や悲哀の深さに比例する、…。》


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